scene2  行雲流水

『プルルルル…』
「あ、俺が出るよ。」
そういうと徹が受話器を取った。受話器を取って会話する徹を、何故か政也は見つめていた。すると明らかに徹の顔色が変わっていくのが分かった。しばらく話した後、徹は電話を切った。
「兄ちゃん…?」
「今の、病院からだった。姉貴が脚を骨折したってよ…。」
「!」
「やばいな、収入源が断たれた。俺はまだバイトできねぇしなぁ。」
徹はしばらく考えた後、予定を決めた。
「仕方ねぇ。貯金で生活するしかないか。」
確かに両親の遺産で4ヶ月ほどは生活できる。だが医療費なども考えるとちょっと厳しい。
「政也、俺明日終業式が終わったらそのまま病院行くから。」

翌日の終業式が終わると、徹は姉の京子が入院している病院へ向かった。徹が京子の居る病室に入ると、丁度担当の医師が回診に来ていた。
「あ、徹。」
「姉貴。」
徹は京子の側へと歩み寄った。
「大丈夫か、姉貴。脚、骨折したんだろ。」
「大丈夫よ。この程度。」
すると担当の医師が徹に話しかけてきた。とても優しそうな医者だ。
「君は宮崎さんの弟君かな?」
「あ、はい。」
「お姉さんの脚の具合ですが、亀裂が入っただけなので、2~3週間で退院できると思います。」
声もとても優しそうな声だった。徹が了解すると、医師は回診を済ませ、病室を出て行った。
「姉貴、本当に大丈夫か?」
「うん、全然平気。それより徹、私が入院している間、あんたがちゃんと家のことしないといけないからね。」
どうやら京子は自分の怪我より家のことのほうが心配なようだ。それを感じ取った徹は、どこかほっとした。

サッカー大会初戦、徹は少し遅れて会場に到着した。徹は後半13分で出場し2ゴールの活躍で、桐島東中は初戦を勝ち抜いた。しかし翌日行われた2回戦では、徹が前半8分に負傷退場したため、2-1で敗退してしまった。


「何で!!何でなのよっ!!」
リビングの真ん中で大量の涙を流し、悲しんでいる女性が一人。セミロングの茶髪、ラフな服を着ている一人の女性。この女性は今、この世界での始めての友の死を悲しんでいる。
「あれは…冤罪なのに…。」
(あの男…あの組織…私の友達を冤罪で殺したあの男を…私は許さない…!)


徹の怪我は大したことは無かった。だが、これでサッカーとはおさらばだ。これからは高校受験に向けて勉強しなければならない。
「俺が勉強嫌いなのを知っての上で受験があるのかーー!!?」
徹は壊れ気味で叫んでいた。
「五月蠅ーい!」
『バコッ』
「痛っ。」
叫んでいる徹の頭を手提げかばんが直撃した。
「んだよ絵美、俺は勉強なんか出来ないんだ!」
「いいからちょっとでも努力しなさい!あんた桐島高校行きたいんでしょ!」
「そうだよ、悪いかよ。」
絵美は徹に教えるように喋った。
「桐島高校はこの学区トップの高校なんだからね。徹の学力じゃその3つくらい下でしょ?本気で桐島行きたいんだったら本気で勉強しなさい。」
徹はブスッとしている。実際に桐島高校はこの学区トップである。定期テストで毎回5教科360点は必要だ。一方徹は大体240点くらい。一教科で24点の点数アップが必要だ。
「ふん、そのくらいやってやるよ。何たって俺はアインシュタイン並の頭脳を持ってるからな。」
「あー意味無い意味無い。」
徹がわざと威張って言った台詞を、絵美はサラッと受け流した。
「はい、じゃあ受験まであと半年、私と一緒に桐島高校行きたいならしっかり勉強するのよ。」
「はーい、分かりましたよ。」
何故わざわざ高校まで絵美と同じところへ行くのか。それは桐島高校は姉の京子も通っており、色々な情報も入ってくる。更に桐島高校はサッカーの強豪校としても有名だからである。その為結局目指す先は桐島高校になってしまうと言うわけである。

だが、半年あると思っていた高校入学試験までの日数は、意外と短く、あっという間に過ぎ去ってしまったのである。年も明け、1月も終わってしまった。公立高校の入学試験の3月16日まであと1ヶ月半。だがこの先、普通の生活を失うことになる者が居る。その未来に動かされる物の中で、それを想像出来た者は、居ない。

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