scene115 大会二日目第一試合
昨日から始まったプリズネイトマスターフェスティバルは、その興奮冷めやらぬまま二日目に突入する。例年異様なほどの盛り上がりを見せるこの大会も、シード権取得者が参戦する二日目からはさらに熱気が増す。テレビ番組では特集が組まれ、一日目の様子を繰り返し放映している。しかし報道規制がなされたのか、魔法石が盗まれたニュースは全く流れていなかった。
昨晩、トオルたちは一つの部屋に集まり他愛のない大会の感想から、やがて個々の昨日の事件を語り始めた。その中で、エミはベルナークから聞いた、アシアスの父がクレアの父の死にかかわり永久追放されたことが語られ、トオルとメイリは、アシアスとクレアが口論していたことを話した。特にトオルとメイリの二人は、異常に温度差を感じた彼らの口論に、エミの話を聞いて少しだけ納得した。
この日は、勝ち抜いた選手たちを十人ずつのチームに分け、チーム単位でのバトルロイヤルが行われる。人数も多く、そのために試合数も多いために、二日目は朝のうちから第一試合が開始される。出場順は前日の夜に全選手に伝えられており、全五試合が行われる中でトオル、メイリともに第一試合の出場となっていた。加えて魔法石が盗まれた事件の進展も気になったこともあり、トオルたちは早めに会場へと向かう。
会場の前まで辿り着くと、数名の警官が見回りをしており、会場の主要な入り口には前日より多い警備員が配置されていた。
「ものものしいわね」
観客、選手ともに見当たらずにほとんどが警察官のその光景に、メイリは思わずため息を漏らす。その中に、警察官ではない人影を見つけた。
「あれ、こんな早くからいるもんね」
「本当ですね」
こちらのほうに歩いてくるその男は背が高く、上着のフードを深々とかぶって前屈みで周囲をうかがうようにして歩いている。時折のぞくその顔から年齢は五十歳代くらいに見えた。エミはその男の閉じたままの右目と大きな傷跡があるのに気付いた。
(右目、見えないのかしら)
男はこちらとは一切眼を合わさずに正面を向いたまま、少し離れたところを通り過ぎて行った。
空高く向かって陽が昇り始め、青々とした空が広がる。ぽかぽかと暖かく、日本で言うなら絶好の行楽日和である。どうやら大会が開かれている間は、多くの民間企業は特別休暇としているようで、そのためか老若男女様々な世代を会場の観客席に見ることができる。
「おはよう、エミちゃん」
「おはようございます」
昨日と同じ席に座っているとベルナークがやって来た。間もなく第一試合が始まる時刻である。
「ベルナークさんは何試合目ですか?」
「おいらは第三試合に出るよー。トオルくんとメイリちゃんだっけ、あの二人はいつだい?」
「二人は第一試合です」
「へーじゃあこれからだね。そういえば、クレアとアシアスも第一試合目だってさ」
エミはへーと相槌を打つ。色々な事実を知って昨日の今日である。二人の様子が少し気になり始めてきた。
「クレアさんとアシアスさんは別のチームなのでしょうか?」
「さあ、そればかりは試合開始直前にならないと分からないからねぇ」
十名のチームが十チームでバトルロイヤルを行い、勝ち抜けるのは二チームのみ。初めて見知った相手と協力しなければ勝ち抜けることは難しい。さらにここで参加者が一気に五分の一になる。これも二日目が熱を帯びる一因でもある。
男子控え室では、発表されたチームのメンバー表を見て選手たちが一喜一憂している。
「おはよう、きみも同じチームのようだな」
「お、アシアスさんじゃん」
チーム分けが掲示されている表示板の前には人だかりが出来ており、その中からトオルを見つけ、アシアスは自ら声をかけた。
「こりゃあもう勝ち進んだようなもんだな」
「いや、油断してはいけない。何があるか分からないからな」
アシアスと同じチームになったメンバーは、口には出さなくても内心では誰もが喜んでいる。同じチーム内に優勝者がいることは、大きなアドバンテージを得たことになるからだ。トオルも同じくそういう気持ちになっていたが、アシアスは気を引き締めるように言った。
「俺らのチームは男子が六人か。じゃあ女子からは四人か」
「そうだな。男が多いのは有利になるかもしれないな」
「男女の数ってばらばらなのか?」
「ああ、いつだったか男が俺一人だったこともある」
「うわ、きっついなそれ」
やがて選手が一ヶ所に集められ、そこでようやく男女混成となった。これから試合開始まで約五分間の待機時間が、実質、挨拶と作戦を考える時間になっていた。しかし五分というのはとても短く、すぐに試合開始時刻となった。
二日目に進出した五〇〇名のうち、まずは一〇〇名が一〇チームに分かれて試合を行う。各チームが広大なフィールドの別々の箇所に配置され、試合は開始された。
「よっしゃ、絶対に勝ってやる!」
開始の合図とともに、トオルは一気に自陣から駈け出して行く。
二日目も、各選手の腕章を奪取することが目的であるが、今度は腕章の裏側に、二点もしくは五点と点数が書いてある。各チームに五点は一人だけおり、その人がエースとなる。腕章はチーム内にランダムに配布されるので、誰もがエースになりうる。最終的により多くの得点を集めた二チームが勝ち抜けとなる。
トオルの陣と完全に対角に位置したのはメイリが所属するチームだった。ここにはクレアも加わっていた。
「メイリ、あなたがエースなんだから、くれぐれも無理しないようにね」
「分かってますよ」
メイリは自軍から離れる際にクレアに声をかけられた。この戦いではエース自ら動いても問題はない。ただ、エースに一人から二人の護衛を付けるチームが多い中で、メイリは他のメンバーの意見を押し切って単独行動を選んだ。
(私は、一人でも戦えるはず――)
開始して数分で、所々で腕章を奪われる者が出始める。腕章を奪われれば脱落となるが、既に獲得した点数は無効にはならない。そのため、多くのチームに特攻兵がいる。序盤はこの特攻兵同士の戦いがメインである。
「おっしゃぁ、楽勝ー!」
曲がり角で出くわした相手にいきなり飛びかかり、直前で身を縮めてトオルは腕章をかすめ取った。すぐさま会場の表示板に点数が表示される。その表示を、アシアスはすぐに確認した。
「お、やるな」
アシアスは護衛兵としてエースと共に自陣に残ったままだった。得点力は落ちるが、優勝者のアシアスと、彼が守るエースの合計七点は、これでおそらく取られることはない。得点が同じ場合はまずはエースの有無で勝敗が決まるので、その面においても多くのチームが取るこの戦略は有効なのである。
メイリも、その得点を表示板で確認する。表示板の端にはメンバー表も出ており、得点者名の横には獲得点数が表示される。
(トオルもやっぱり特攻兵みたいね)
この試合で唯一のエース兼特攻兵のメイリは、まだ誰とも出会っていない。密林のように配置された立方体のブロックや、小高く作られた山、それらを渡す鉄骨、橋、梯子などが、サッカーグラウンドがすっぽりと入るフィールドの各所に配置されている。
ふと気を抜いた瞬間、山の影と共に人影を捉えた。影のみで動きを確認して即座に身をかわすと、他チームの選手の手が腕章の僅か横の空を切った。
「ちっ」
その男は舌打ちをすると、崩れた体勢からわざと転んでメイリから遠ざかる。だがその隙にメイリは体勢を整え、その男との間を詰めると、駆け抜けざまにその男の上を小さく跳び越える。そして腕章につま先をひっかけて掬い上げた。
「あ、しまった!」
「はい、二点謝謝」
悔しがって男は地面を叩く。メイリが跳び越える瞬間、彼を足を掴もうと手を伸ばしたが慌ててそれをひっこめた。もし足を掴んでメイリが転んでいたならば、“相手を故意に傷付ける”という禁止行為に抵触する恐れがあったからだ。
(このルールも使いようね)
メイリの得点はすぐに表示板に反映される。トオルの時もそうだったが、表示板ではその得点シーンがリプレイされている。メイリの得点シーンはこの日一番大きな驚嘆の声があがった。
だがメイリはそれを意に介さず――気にする暇などなく、すぐにその場から走り出して周囲を見回す。辺りに標的は見当たらず、メイリは小さな山に登る。そうすれば他の選手たちの動きを確認できるかもしれないが、当然ながら相手から発見される確率も増す。思った通りに前方に人影を発見し、予測通り別の場所にいる他チームの選手に発見される。メイリは小山を駆け降りると、その勢いを利用して立方体のボックスに飛び移った。密集しているボックス同士の上は容易く移動できる。
(この程度なら魔法石の力がなくても大丈夫ね)
移動して行く中で、地面にいる選手に次々と目撃されることになったが、何人か上がってきてはメイリの俊足について行けずに降りて行く。ボックスに上る選択をしなかった者は、現時点ではメイリを標的にしないことを選んでいるようだった。下から追うにはフィールドがあまりに複雑すぎるからだ。
いくらか走ると、前方にはクレアの姿が見えた。交戦中なのか別の色の腕章を付けた選手と対峙し、間を計っているのかお互いに大きな動きがない。クレアほどの実力者なら放っていても問題はないが、メイリは彼女の後ろから忍び寄る影を眼の端で捉える。
(まさか、囮にして挟み打ちを!?)
メイリは素早く体勢を変えてクレアの方へと走り出す。目の前の相手に集中しているのか、クレアが後ろからにじり寄る敵に気付いているような様子は見受けられない。クレアと対峙している選手が突如走り始め、彼女はそれに身構えるが、同時に後ろで隙を窺う選手も一気に間を詰める。
「後ろぉ!」
三人の交戦に間に合ったメイリは、ブロックから大きく跳躍する。突然の闖入に三人は宙へ飛び出した影を見上げる。その時クレアは後ろにも敵がいることに気付いた。しかしそのまま後ろに構うことなく目の前の敵に向き直る。
「任せた!」
クレアは叫ぶと、目の前まで迫った相手の突進をわざと寸前で避けると、相手の腕を掴んで反動で大きく身体を回す。そして手前に引き寄せると、眼を見開く相手の腕章を奪取した。
(さすがクレアさん、心配ないみたいね)
わずか数秒の顛末を見届けメイリは地面に着地する。
「うっ」
着地の激しい衝撃に耐え切れず、メイリの体は横倒しに地面に叩きつけられた。思いのほか強く打ちつけたらしく呼吸が苦しくてすぐには起き上がれない。普段ならば、二メートルほどの高さから助走を付けて飛び降りても全く問題はない。
(しまった、魔法石ないんだったっ……)
その隙にも敵は近付いてメイリの腕章に照準を合わせている。メイリは無理矢理上半身を越すと、勢いを付けて立ち上がる。伸ばしてきた相手の腕を振り払おうとすると自身の腕が掴まれた。
(まずい!)
掴まれた方の腕には腕章を付けている。起こした上半身を支えるために、もう片方の腕を動かすことは出来なかった。まだ呼吸は苦しく体勢も悪いこの状況に、メイリは勝利を諦めた。
「隙だらけだよ」
頭上をクレアの声が駆け抜けた。見れば今メイリを捉えている相手の腕に腕章が見当たらなかった。メイリの視線の先には、二つの腕章を持ったクレアが仁王立ちしている。
「あたしがいることを忘れてたんじゃないか?」
メイリの腕を掴んでいた手を離し、相手選手は目を覆い声を上げて天を仰いだ。そばまで寄って来たクレアは、メイリの腕を引いて起こす。メイリの呼吸もだいぶ楽になってきている。
「まったく、その細身であんな飛び方をすればそうなることは分かるだろうに」
呆れたような言い方をするが、メイリ自身が魔法石がないことを失念していたから起きたことであって、心から申し訳ない思いと共に恥ずかしさが込み上げた。
「す、すみま――」
「ま、声掛けてくれてありがと。後ろは気付かなかった」
凛とした笑みを見せると、エースなんだから無茶するなよ、と言い残してフィールドを駆けて行ってしまった。ミスの後でも一人にするということは、少なくとも一人で戦い抜けると判断されたと取れる。メイリは感謝と共に気を引き締めてフィールドを駆けだした。
試合終了のサイレンが鳴り、生き残った各選手は自陣へと戻る。アシアス、トオル、クレア、メイリの四人は試合を戦い抜いた。勝ち抜きとなる上位二チームは、アシアスとクレアがそれぞれ所属しているチームだった。前大会優勝、準優勝者が所属していることもあり、順当な結果と言える。特にクレアは合計十七点と、歴代記録の三位に食い込む大健闘だった。
二人を相手に四点を奪取したトオルも意気揚々と控室へと戻る。うち一人は自分よりかなり大柄な相手だったため、そのような相手から得点を奪えたことは大いに満足だった。しかし、歓喜にあふれている自チームの群れをよそ目に、アシアスは一人さっさと汗を拭いてユニフォームから着替え始めている。
(なんで話に入らねぇんだ?)
「アシアスさんもこっちこねぇの?」
談笑する自チームの輪に入るようトオルが促した瞬間、その温かな空気は一気に消え去った。
<<< >>>