scene102  決めたこと

 ジュラが社内へと連行されて二十分ほどが経過した。この時間になるといよいよ心配も増してくる。考えてしまうことは、キルによる直接的な処分。トオル、エミ、メイリの三人は気が気ではなかった。すると丁度、正面の自動ドアが音を立てて開く。ずっと俯いていたので、声をかけられるまでそれがジュラだとは三人とも気がつかなかった。
「悪いな。待っててくれたのか」
「ジュラ! 大丈夫だったか? 何もされてないか!?」
 トオルは真っ先にジュラの両肩を掴んで軽く揺さぶる。もし何かされていたとしたらあまり賢明なことではないが、トオルにはそこまで頭が回るはずはない。
 しかし同様に、他の二人も心から心配する目をジュラに向ける。
「だーいじょーぶだって。何にもされてねーよ。前回の事情聴取の続きだよ」
 ジュラは大仰に余裕の態度を見せて、過度の心配を見せる三人に無事をアピールする。変わったとこのない様子を見たトオルらは、ようやく胸を撫で下ろす。
「そっか。どうやら大事には至ってないようね」
 いつものすました顔で一息つくメイリの横で、エミも安堵の表情を浮かべている。その様子を見てジュラは、この今までの自分にとっての非日常を、日常として受け入れた。そんな自分に対し、考えずとも今までの行いは自分の進む道に反していたのだということを悟った。そして出所が分からないその気持ちは、ジュラにある覚悟をさせた。
「なあなあ、今日はちょっとオレに付き合ってくれないかな?」
 ジュラは手を合わせて軽く頭を下げる。顔は笑っていても、どこか影の拭い切れない雰囲気を背負っていた。何か訳があると勘繰りつつも、三人は敢えてそれには触れずに、笑顔でそれに了承した。
「じゃあ賞金首を捕らえるのは、また明日ね」
「ああ、悪いね」
 愛情のある当てつけに軽く謝罪する。そしてジュラを先頭にBE社敷地の出口に向かって歩き出す。丁度顔が隠れたところで、ジュラは思わず繕った笑顔が崩れかかった。
 ジュラのした覚悟。それは、ボートの命に背いて三人を殺さずに置くこと。彼は、トオルらと最期を過ごすことを決めた。

 四人はセントラルシティの様々な場所を巡った。それこそ今までの休暇の中で一番贅沢に、テーマパークやショッピングなどを楽しんだ。ジュラが無理を言ったからと、資金は全て彼が持った。途中でメイリから散々、それだけお金持ってるなら私達を援助しなさいよ――と突っ込まれたが、それを笑ってかわす。
 気が付けば日は既に傾いてきており、西の空は茜色に染まっている。そして何の因縁か、現在地は始めて出会った場所でもあるヤングロードの界隈だった。いささか小腹の空いてきた四人は、夕食の為に飲食店に入ることにした。土地的にもそのような店はたくさんある。
「んじゃ、ここにしようぜぇ~」
 トオルが調子よく指したその店は、いつもよりグレードが少し高いだけの洋食レストランであった。メイリとエミが二つ返事をすると、ジュラは慌てる。
「え、ここでいいのかよ? もっと高いところでもいいんだぜ?」
 するとメイリが軽くため息を付いて振り向く。
「今日一日あんたに付き合ってあげたんだから、最後くらい私達に合わせたらどう?」
「ん? ああ……。……ん?」
 やや腑に落ちないところがありながらも、ジュラは三人の意見に合わせた。
 夕食も終わって三人は宿泊しているホテルへと戻る。あの朝の騒ぎから、ホテルのロビーの職員からは少し好奇の目で見られたが、そんなことを気にもせずにそれぞれ部屋へと戻った。
 朝からBE社に連行されて、そして昼からはジュラのわがままに付き合ってセントラルシティを遊びまわり、心身ともに付かれきったトオルは部屋に戻るなりベッドに突っ伏した。靴も脱がずにベッドに身を投げ出したその姿から、相当疲れていたことが分かる。
 トオルと同じようにエミとメイリも自分達の部屋で思い思いにくつろいでいた。この日の強行スケジュールにより溜まった疲れを取るためというよりも、今まで溜めていたストレスを発散してリラックスしきっているところから来るものだった。

 程なくして夜も更け、ホテルの中も完全に寝静まっていた。眠っていた――正確には眠った振りをしていたジュラはゆっくりと体を起こす。時刻は日付が変わって一時半。ビジネス街であるこの近辺は今だ眠りきっていない。部屋のカーテンはしっかりと閉められており、それを開けると曇り空の下に広がるネオンの光が眩しいくらいに射し込んでくる。
 その光のせいか、眠っていたトオルが声を漏らして寝返りを打ったので、ジュラは慌ててカーテンを閉めた。そして窓のそばから離れると、あらかじめまとめておいた荷物を持って、おもむろにドアノブに手をかける。
「――じゃあな……」
 振り向いて極小さな声でそう言うと、なるべく音を立てないように部屋を出た。慎重にドアを閉め終わり、体を向きなおした瞬間に、すぐそばに何者かの影を感じて咄嗟に臨戦態勢を取った。その動きに驚いたのか、影はわっ、と小さく可愛らしい声を出した。廊下の僅かな明かりと漏れた声から、その影の正体がエミだということが分かった。
「エミちゃん? こんな夜中にどうしたんだよ?」
「ジュラさんこそ、こんな夜中に荷物を持って、どこかへおでかけですか?」
「え、あ、いや、別になんでもないよー?」
 自分の手に握られたバッグを慌てて体の後ろに回して、言い訳にならない言葉を発する。とっさに出たその言葉でエミの追及を逃れられるとは、ジュラ自身も到底思えなかった。エミは年上の男性に物怖じせずに、余裕の雰囲気を出して口を開く。
「まあ、別に問い質そうとは思いませんけど、大方行き先の検討はついてますよ。――ボート統長のところでしょ?」
 真実を引き出すためのはったりではなく、本当のことのようにエミは言う。ジュラは小さくえっ、と呟いて、それがますますエミの予想を確信へと近づけた。その僅かな驚きがエミに聞かれたことに感づいたジュラは、観念したかのように軽く溜め息をついてあたまをぼりぼりとかいた。
「よく、分かったな。……もしかして、オレが敵だってことにも気付いてるとか?」
「ええ。最初の事情聴取のときから気付いてましたよ。私達が通されたのが聴取室でなく応接室だってことを知っていたり、誰でも圧倒されるあのボート統長に対しての態度。仲間でなけりゃ出来ませんから」
 エミは余裕の笑顔を浮かべる。それはとてもいとおしく、同時に何でも見透かされているようにも感じた。ボートの忠告を受ける前から見透かされていたのでは、注意しようもない。ジュラはその考察力にただ軽く笑うしかなかった。
「で、ボート統長の許に戻るのは危険じゃないんですか? きっと何かあると思います」
 さすがにこれ以降の展開までは予測しきれていないエミに平凡を感じて、安心したところでジュラは真実を話し始める。
「その通りさ。オレは三人を殺すように命を受けていて、期限がこの夜が明けるまでだったんだ」
「え、それじゃあ……、あの人の許に戻るのは危険ですよ!」
 三人を殺すのをやめたという過程を、持ち前の感のよさで言われずともエミは理解した。ジュラは軽く笑みを浮かべる。
「ああ、そうだな。オレは完全に任務を放り出したから、多分殺されるだろうな」
「殺されになんて、行くべきではないです」
 小さく発せられたはずのその言葉は薄暗いせいか、鋭利で冷たく感じるほど、切実なエミの願いだった。真剣なその目に、ジュラは思わずエミから目線を逸らしてしまう。そしてその流れでその場にしゃがみこんで、何やらバッグの中をがさがさと探り始めた。そして一枚のメモリーカードを取り出して、それをエミに渡す。
「これは……?」
「オレの秘密、全部そこに入ってるから。明日にでも三人で見ればいい」
 それはパソコンの記憶媒体で、今すぐには見れない。エミがそれに気を取られている僅かの隙に、ジュラは廊下を歩き出した。
「あ、ジュラさんっ、行っちゃ駄目って――」
「オレを止めないでくれよ」
「でも――」
「止めんな!」
 この深夜のホテルでぎりぎり出してもいいくらいの大きさで叫ぶ。しかし言い放った台詞に反して、足を止めている。
「オレはお前らを殺さないと決めた。だからオレは処刑される。自然な流れだ」
「全然……全然自然じゃないですよ。私達はもう、ジュラさんを仲間と認めているのに……」
 ジュラは思い出していた。彼女らはカーシックを亡くしたばかりなのだ。彼が死んで、ジュラが入った。だが、彼に続いてジュラが死ぬと言うことは、エミ達にとっては仲間を立て続けに二人失うということなのだ。エミの震えた声での訴えが、強く胸を打った。
(だが、要因を作ったのは、そもそもオレだから――)
 その報いも受けなければならない。ジュラはそう考えていた。
「例えエミちゃん達にとって自然じゃなくても、オレがここで殺されないでいれば、あいつは確実に自らエミちゃん達を殺しに来る。オレはそれを防ぐ人柱にならなきゃならない」
 その確固たる決意に、エミは既にかける言葉が思いつかなくなり、一筋の涙を流していた。後ろを振り向かないでそれに気付かない振りをして、ジュラは再び廊下を歩き始めた。
「じゃ、皆元気でな。あとの二人にもよろしく言っといてくれよ」
 軽く左手を上げたその後姿は次第に暗闇に溶けていき、階段を降りていくところで、完全にエミの視界から姿を消した。エミはその場に膝をつき、静かに涙を流した。

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