第9部

《ピッチャー、上原に代わりまして、絹ヶ谷。背番号45。》
7回裏、ヤクルトスワローズの攻撃は、5番古田の打順だった。スコアは3対3の同点。ランナーは2塁にラミレスが居る。アウトカウントは1。
『ガッ』
絹ヶ谷の投じた4球目を、古田はバットの先に引っ掛けた。球は遊撃手、二岡の前に速い球足で転がった。二岡はそれを取ると、帰塁する前のラミレスにタッチし、1塁に送球した。
「アウト!」
見事ダブルプレーを取り、この回のピンチをしのいだ。絹ヶ谷はベンチへ帰る際に、二岡に話しかけた。
「二岡さん、ありがとうございます。」
「なぁに。だがこんなことで礼を言ってたら毎回礼が必要だぞ。」
「あ、そうですね。」

『カーン!』
《大きい!どうだ!?行ったか!?入りましたー!勝ち越しホームラン!》
9回表、清原がライトに勝ち越しソロホームランを放った。このホームランにより、巨人は4点、ヤクルトは3点で巨人が1点リードを奪った。

そして9回裏、絹ヶ谷はそのままマウンドに上がった。今日これで3イニング目だ。先程の清原のホームランで絹ヶ谷は勝利投手の権利を得ている。この回を0点で抑えれば8勝目を手にすることが出来る。
『パーン』
「ストライク!バッターアウト!」
「ヨッシ!」
《ベッツ、三振です。9回裏も2アウト、あと一人です。次の打者は稲葉。》
(よし、あと一人で勝てる。だけどこの間の広島戦のこともある。最後まで慎重に行かないと。)
気を落ち着かせた絹ヶ谷は、ゆっくりと胸の前に腕を構えた。左足を上げ、投球動作に入った。
(最初から、打ち取るつもりで!)
絹ヶ谷は思い切り球を投げた。絹ヶ谷の投げた144km/hがストライクゾーンのど真ん中へ向かう。稲葉はしめたという感じで、バットを振りに行った。しかし球は大きくシュートした。
『ガッ』
バットの先っぽに当たったボールは転々と絹ヶ谷の前に転がってきた。絹ヶ谷はそれを落ち着いて処理すると、8勝目を勝ち取った。
「よし、8勝目!」
キャッチャーの阿部が寄ってきた。
「絹ヶ谷、最後のシュートはストレートと同じ腕の振りでよかったぞ。俺も一瞬ストレートかと思ったぜ。」
「え、そんなに上手く振れてましたか。よかったぁ。」
清原と共にお立ち台に上った絹ヶ谷は、それでも、いつもと変わらぬ表情で応えた。

翌日、ヤクルト3連戦の2戦目である。昨日3イニング投げた絹ヶ谷は、登板は無いとしても、念のためベンチ入りした。その試合は白熱した展開を見せた。3回までに両者4点ずつ取ると、6回表、7回表には巨人がそれぞれ3点。7回裏にヤクルトが5点とって追撃すると、巨人は8回表に3点を取った。スコアは13対9になった。4点のリードを守っているのは巨人。回は8回裏、ノーアウトランナー無し。ヤクルトが攻撃中である。思ってもみない打撃戦で、両チームともブルペンが大忙し。その影響は絹ヶ谷にもやってきた。

「まさか今日もブルペンに入るとは。」
「お前も忙しいなぁ。」
「はい、全くですよ。昨日3イニングも投げたのに。」
絹ヶ谷はまた例の如く、高橋ブルペンキャッチャーと会話をしている。
《ピッチャー、前田に代わりまして、岡島。背番号28。》
さっきまで横で投球練習をしていた岡島が、マウンドに呼ばれた。
「あーとうとうあと俺一人になっちゃった。」
絹ヶ谷はマウンドに向かう岡島を見ながらそう言った。そう言ってても仕方が無いので、とりあえず練習を再開した。

10分が過ぎた。
『プルルルルルル』
ブルペンにベンチから内線が掛かってきた。
『ガチャ』
「はい。」
内線に出たのは高田バッテリーコーチだ。そしてベンチからの伝令を受けた。
「絹ヶ谷、次岡島がヒット打たれたら交代だ。」
「はい!」
『カーン』
その瞬間岡島がヒットを打たれた。幸い点は取られていないようだ。それを見た絹ヶ谷はブルペンを出た。それと同時に、原監督は投手の交代を告げた。
《ピッチャー、岡島に代わりまして、絹ヶ谷。背番号45。》
マウンドに上がった絹ヶ谷は心を落ち着かせた。
(2日の連投くらいなんだ!皆そのくらい余裕でこなしているじゃないか。)
絹ヶ谷は今の状況をうかがった。回は8回裏、アウトカウント1、ランナーは1、3塁。3塁ランナーは宮本、1塁ランナーはラミレスに代わって飯田だ。
(バッターは古田さんだ。古田さんならここは長打は狙わず繋ぎに徹するだろう。ならばちょっと芯を外させてやれば内野ゴロゲッツーだ!)
思念で結論を出した絹ヶ谷は、鋭いクイックモーションから球を投げた。
『カーン』
古田は、外角のストレートを叩いた。その球はライトに上がっているが、球は詰まっていて、高橋由伸は捕球体勢についていた。
(あ、そうだ!キャッチャーのバックアップに!)
そう、今は1アウト1、3塁。3塁ランナーは俊足の宮本。確実にタッチアップをしてくる。高橋は少し後ろに下がり、一気に前へ出、球を取った。その瞬間宮本もスタート。間髪入れず高橋も返球した。球はダイレクトで阿部へ。
『パシィ』
(よし。)
球を取った阿部は振り向きタッチしようとした。しかし宮本はタッチをかいくぐり、生還を果たした。
《古田の犠牲フライで、ヤクルト、1点追加。これで13対10。依然巨人のリードは変わらず。》
次の打者の稲葉を三振に取ると、すぐに9回裏を迎えた。

『パーン』
「ストライク!」
《さあ、絹ヶ谷。あと1球で試合が決まるか!?》
『パーン』
「ストライク!バッターアウト!ゲームセット!」
《13対10、ジャイアンツが勝利しました。》
この試合は巨人が勝利した。今回の勝利により、このカードの勝ち越しが決まった。絹ヶ谷はセーブ投手となった。
(我ながら凄ぇな。2連投で1勝1セーブとは。)

ヤクルト3連戦、第3戦目。ここで絹ヶ谷はまたも思ってもみない展開に遭遇した。8回裏2アウトで5対5の同点の場面だった。
《ピッチャー、河原に代わりまして、絹ヶ谷。背番号45。》
(まさか今日も登板することになるなんて思ってもみなかったぜ。)
その回は簡単に打者を打ち取り、チェンジとした。そして9回の表1アウトで、絹ヶ谷の打席が回ってきた。絹ヶ谷は打者としての成績もよく、今シーズンこれまでに、3割3分3厘、本塁打1本、打点が15ある。絹ヶ谷は打席に入った。相手投手は山部だ。
『パーン』
「ストライク!」
絹ヶ谷は外角のカーブを見逃した。これでカウントは2ストライク2ボールとなった。山部は早くも次の球を投げた。高めの甘い球だった。
(貰った!)
『スカーン!』
絹ヶ谷はバットを大きく振り抜いた。ジャストミートした球は、巨人ファンのいるレフトスタンドへと消えていった。
《勝ち越しソロホームラーン!ジャイアンツ、ピッチャーの絹ヶ谷のホームランで勝ち越しました!》

《さあ、3番鈴木、4番ラミレスを三振に仕留めて、この5番古田を抑え、勝利をもぎ取ることは出来るのか!?》
(初球はストレートを外角に。2アウトだから1人ランナーが出ても俺にとってはさほど影響は無い。運がよければ引っ掛けて内野ゴロか…。)
『ピシッ』
『パーン』
「ストライク!」
古田は微動だにせず、外角のストレートを見送った。
(やはり初球は見てきたか。ここは逃げるスライダーを外角に!)
『パーン』
「ボール」
古田は目でしっかりと球に喰らい付いていた。絹ヶ谷は第3球目を投げた。
『ピシッ』
『ブン』
『パーン』
「ストライク!」
古田は内角に食い込んでくる大きなシュートに空振りした。カウントは2ストライク1ボール。ここで古田を抑えるとヤクルト3タテにすることが出来る。
(ここは必ず打ち取る!俺のこのボールで!)
『ピシッ』
絹ヶ谷の渾身の球が阿部のミットに向かって吸い込まれていく。やや外角よりの球を古田は打ちに来た。
『ガッ』
「え、ジャストミートしたろ!?」
古田は驚いた。真芯を食ったはずの球がファーストの清原の前に緩く上がっていた。清原は軽くその球を取ってアウトにした。古田は絹ヶ谷の最後の球が思い当たった。
(カットボールか…。)

絹ヶ谷はこのヤクルト3連戦に全て登板し、全て勝ちに関わった。その結果、2勝1S。まさに驚異である。その上打撃でもホームランを1本打っているのだから、これには脱帽だ。

ヤクルトの3連戦を終えた巨人ナインは、宿舎でゆっくりと休んでいる。次の試合は明日の移動日を挟み、神宮から甲子園へ移動する。次の対戦相手は、今、首位を独走中の阪神タイガースである。この阪神戦は、ペナントレースのターニングポイントとなるのか…。

~続く~

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