第6部

試合が終わった。選手は皆疲れている。みな仕度を終え家に帰っていく中、絹ヶ谷はアイシングをしていた。
丁度自分以外誰も居なくなったところでアイシングを終え、帰る仕度を始めた。

『ガチャ』
全て事を済ませロッカールームを出た絹ヶ谷は、一塁側球場出口から出て行った。
「!」
絹ヶ谷は驚いた。ある人物が目の前に立っていた。今日対戦し打ち取った、阪神の高木だった。
「絹ヶ谷、ちょっとええか?」
「あ、高木さん。」
何故こんなとこに高木が…と思いつつも、高木の前に立った。すると高木は質問を振ってきた。
「あの最後の球は・・ストレートやと振ったけど芯が外れた。なんなんや、あれは。」
「えっ…!?」
高木の質問は余りにも唐突だった。敵の投手に球種を訊くのだから。絹ヶ谷は少しためらった。
(どうしようか、この場合は。球種を教えるなんて持っての他だよな…。)
『チラッ』
絹ヶ谷は高木の目を見た。そこには純粋な探究心しか映っていなかった。邪ま(よこしま)な考えなど一切無い様子だった。この様子を見た絹ヶ谷は何故か教える気になった。
「あれは、カットファストボールなんですよ。」
「カットファストボール!?」
高木は驚いた様子で答えた。
「そうです。俺は、シュート、フォークの他に、カットボールも投げれるんですよ。」
絹ヶ谷はためらい無く投げられる変化球を高木に教えた。何の恐れも無く話した。高木が秘密を人に話すような人には見えなかった。
「カットは今年の春季キャンプで覚えたんですよ。毎日毎日必死に投げ込んで最終日に完成したんです。」
二人の会話は弾んでいった。

「ありがとう、絹ヶ谷。お陰ですっきりしたよ。」
「いえいえそんな、高木さんの質問に答えただけですよ。」
絹ヶ谷に質問を終えた高木は満足そうに帰っていった。
(俺は、何故あの人に手の内をばらしたのだろう。他の人とは違う、何かいいものを感じた。なんと言えば良いだろう・・。野球に対して純粋とでも言うべきか。)
絹ヶ谷はそんなことを考えていた。そんなことを考えながらも手の内を晒したことによる不具合は考えなかった。

帰宅した絹ヶ谷は冷蔵庫の中から烏龍茶を取り出しコップに注ぎ、一気に飲み干した。絹ヶ谷は一人暮らしで家には誰も居ない。しかし彼は一人を寂しくとも何とも思わない。むしろ一人の方が野球に没頭できるからと、自ら一人暮らしを始めた。阪神との選手とは始めての交流。絹ヶ谷は少し考えつつもその日は床に付いた。

春の夜、全力をぶつけ合った二人の軽い談話。このことがのちに、大きな転換点となることだろう。

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