第5部

4月11日、今日から東京ドームにて対阪神タイガース3連戦を行う予定だ。今季なかなか波に乗ることの出来ない巨人は前季カモにした阪神タイガースから3勝を取りたい。絹ヶ谷はいつもどおり調整を行っていた。

「プレイボール!」
主審の合図と共に試合が始まった。阪神伊良部、巨人木佐貫の投げあいで始まったこの試合は、3回終了まで0-0と0が6つ並んだ。そして4回表、四球で出塁した2番赤星がすかさず盗塁を決め、続く金本が左中間適時二塁打を打ち、1点を先制。5回表も8番藤本出塁の後、伊良部の犠打をエラーしている間に、藤本がホームインした。2点を追う巨人も6回裏、仁志の適時二塁打で1点を返した。
2-1で進行してる試合の中で、絹ヶ谷はブルペンで肩を作るよう言われた。
「今日はいつでもOKだな。」
「まだ15球しか投げてないじゃないか。」
いつもの如く絹ヶ谷は高橋ブルペンキャッチャーと話し始めた。
「何言ってるんすか、高橋さん。肩の調子がいいからもうOKってことですよ。」
「さあその自信はどこまで持つかな。」
「高橋さんそれはどういう意味ですか!」
絹ヶ谷と高橋が笑談しているとドワッと歓声が聞こえた。絹ヶ谷が試合の状況を見てみると回は9回の表、スコアボードの阪神側には7点と記されていた。
「あ、6点リードになってる!」
絹ヶ谷はそこで出番が無いと踏み、投球練習をやめて試合経過を見守ることにした。

9回裏、阪神の押せ押せムードの中、ウィリアムスに代わりポートが登板した。しかし巨人はこのままでは負けられないという意志から凄い攻撃を見せる。巨人は、高橋由伸とペタジーニのヒットで走者一・二塁とすると、フルカウントから元木が2点適時二塁打を放った。しかし巨人の猛追は止まらない。阿部が代わった吉野から四球を選ぶと、続く仁志が初球を中前に打ち、元木が還り1点追加。すると原監督は代打に後藤を送ってきた。阪神星野監督は吉野にそのまま投げさせる。後藤が2ストライクと追い込まれた。このタイミングで星野監督は動いた。
《阪神タイガース、選手の交代をお知らせ致します。ピッチャー吉野に代わり、藤川。背番号92。》
吉野は藤川に交代。しかしこの藤川が失敗だった。あと1ストライクの場面。その投げた1球によってこの試合は思いもよらない展開になる。後藤は右翼席にスリーランホームランを打った。

9回裏も終わり7-7の同点、延長戦に突入した。意気消沈の阪神ベンチに比べ、巨人ベンチとファンは大喜び。
「よっしゃ、このままサヨナラ行こか!」
「サヨナラにしようぜ!」
しかし阪神にも意地がある。最終回12回になって阪神は、先頭打者の赤星が左中間二塁打を放ち、金本四球、濱中投前犠打で一死二・三塁。代打八木は敬遠し、代走秀太で一死満塁。迎える打者はアリアス。カウント1-1から大きな犠牲フライを打たれて8-7と勝ち越されてしまった。

「あーやばいやばい、ついに勝ち越された。俺の出番無ぇじゃん。」
11回くらいから再び投球練習を始めてた絹ヶ谷は、この投球練習が無駄になることのほうが嫌なようだ。
《阪神タイガース、選手の交代をお知らせ致します。バッター矢野に代わりまして、代打、高木。背番号23。》

高木智(たかぎさとる)1997年ドラフト4位。大卒で阪神に入団。28歳。二塁手。背番号23。右投げ右打ち。パワーがやや高いだけで目立ったところは無いが、ミートバッティングも上手く広角に強い打球が打てる選手。今年初めて1軍に上がってきた。

「高木・・・高木・・・ああ、今年から1軍に上がった人か。」
「よく覚えてるなぁ。俺はあんな選手知らないぞ。」
「高橋さんは選手名鑑見てないでしょう。」
「何だそれは、嫌味か?」
「冗談ですって、高橋さん。」
そんな話をしているともう一回ウグイス嬢の声がした。
《読売ジャイアンツ、選手の交代をお知らせ致します。ピッチャー河原に代わりまして、絹ヶ谷。背番号45。》
絹ヶ谷が登板することになった。6年目でやっと1軍に上がってきた高木と、1年目から活躍している絹ヶ谷。全く逆の野球生活を歩んで来ている二人がこの場に対峙した。12回表、二死一・二塁。スコア、阪神8-7巨人。投手、リリーフ絹ヶ谷。打者、代打高木。そして絹ヶ谷はセットポジションについた。

バッター高木は打席に入りなおしていた。2-1のカウントになっていた。ここで絹ヶ谷はキャッチャー阿部にあるサインを送った。
(阿部さん、例のアレ行きます。)
(よし、OKだ、絹ヶ谷。)
絹ヶ谷はクイックモーションから外角低めに球を思い切り投げ込んだ。
(よし、ストレートだ!)
高木は思い切りバットを振りに行った。
『ガッ!』
バットの先に当たった球は2塁手前に転がっていった。そう、絹ヶ谷の投げた球はストレートではなくカットボールだったのだ。2塁手仁志はそのまま1塁に送球してアウトに取った。アウトになりベンチにも戻っていく高木が不満気な顔をしているのが見えた。このあと12回裏、巨人は高橋由伸のソロホームランで同点に追いついたが、後続が倒れてこのゲームは阪神8-8巨人で引き分けという結果になった。

このあと球場を出た絹ヶ谷の前にある人物が現れた。

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