第3部
3月上旬、既にオープン戦は始まっていた。この日の巨人軍の先発投手はオープン戦初登板の工藤だ。ベンチには絹ヶ谷が控えている。対戦相手は横浜ベイスターズ、先発は吉見を持ってきた。試合は2回裏に巨人清水の二点適時本塁打で巨人が先制した。しかしそのままの得点で回は進み、7回表になった。
《読売ジャイアンツ選手の交代をお知らせ致します。ピッチャー、木佐貫に代わりまして、絹ヶ谷。背番号45。》
今季初登板となる絹ヶ谷がマウンドに上がった。女房役は阿部だ。投球練習が終わり阿部との打ち合わせだ。
「阿部さん、今日の試合ではカットボールは使わずに行こうと思うんですけど。」
「よし分かった。」
阿部が戻り、試合が再スタートした。横浜は5番小川からだ。絹ヶ谷は阿部のサインに1回でうなずくと、振りかぶって阿部のミット目掛け投げた。
『ピシュッ!』
絹ヶ谷の投じた球は外角ギリギリのストレートでストライクを取った。それで調子付いた絹ヶ谷は3球連続ストレートで三振を取った。6番古木の打順になった。絹ヶ谷は阿部のサインをじっくりと確認した。
(内角にストレートか。)
絹ヶ谷はサインにうなずき大きく振りかぶった。そして目一杯投げた球は古木の近くを通った。
『ズバーン!』
球は阿部のミットに収まった。スコアボードに150km/hと表示された瞬間スタンドにどよめきが起こった。
(なんだ今の速さは、バットが出なかった。この時期に出す速さじゃないだろ。)
古木の思うようにこの時期普通の投手は150km/hなど出さないだろう。そういう間にも阿部、絹ヶ谷間ではサインが決まっていた。絹ヶ谷は球を放った。その球は外角から大きく曲がりストライクゾーンの中に入って来た。
(しめた。)
そう思ったのは古木だった。絹ヶ谷の投げたシュートはストライクゾーンの真ん中辺りに入った。古木は思い切りバットを振りぬいた。
『カーーン!』
芯に当たった球は左中間を深々と破った。疾走した古木は2塁を陥れた。
《よく打ちました古木、絹ヶ谷の大きなシュートを左中間に持って行きツーベースヒット!》
そのあと横浜は金城のヒットで1点を返し、巨2-1横になった。しかしマウンド上の絹ヶ谷は平然としていた。
(何故だろう。気が落ち着く。全然呼吸が乱れる気がしない。)
それは絹ヶ谷にも分からなかった。兎に角いつもとは違っていた。それから微塵の動揺も見せなかった絹ヶ谷が好投、7回から残り3イニングを全て投げ許したヒットは2本。投球数26球という少なさで試合を終えた。カットボールは使わなかった。
・・・オープン戦全日程が終了した。いよいよ長い長いシーズンが始まる。今年は戦力の補強に成功した。ヤクルトから入手したペタジーニがそうだ。自由獲得枠で取った木佐貫もオープン戦で中々の成績を残している。去年優勝した読売ジャイアンツは2連覇に向けて動き出した。
~続く~
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