第2部

巨人の春季キャンプ最終日の朝、室内練習場では誰よりも早く練習する音が聞こえた。
『パサァ!』
しかしその音はいまいち迫力が無い。中で練習をしているのは絹ヶ谷。まだ朝の6時半だ。
『パサァ!』
絹ヶ谷はこんな朝早くから練習をしていた。絹ヶ谷は気を使ってか、キャッチャーを呼ばずにネットに向かって一人で投球練習をしていた。そう、前日小田と一緒に練習をしていた新変化球の習得に向けて。
『パサァ!』

「ふぅ・・。」
(8時か、2時間投げ込んだな。ちょいと休憩するか。朝飯も食ってないし。)
絹ヶ谷は選手達が宿泊しているホテルに向かって歩き始めた。

朝10時、充分に休憩を取った絹ヶ谷は全体練習に参加した。真っ先に小田と共にブルペンへ向かい、投球練習を始めた。
『ヒュッ!』
『スパーン!』
今日も朝からミットの音が聞こえる。
『ヒュッ!』
『スパーン!』

「・・・おい、絹ヶ谷、大丈夫か?」
「はぁ、はぁ、はぁ・・、大丈夫です・・。」
「・・・そうか、ならいいんだけど・・。」
朝10時に練習が始まり、12時に昼食。13時から練習を再開して2時間。延々と球を投げ続ける。その前にも2時間投げているから合計は6時間になる。投げた球数は約1100球に上る。しかもその内1000球余りが新変化球である。その頃と同じくして室内練習場に池谷(いけがや)投手コーチが入ってきた。池谷コーチは絹ヶ谷の姿を見つけるとそばに寄っていった。
「絹ヶ谷、あまり練習ばっかしないで適当に手を抜かないと怪我するぞ。」
「・・はい・・。」
「それはそうと絹ヶ谷、今日の朝6時頃ホテルを出たそうじゃないか、どこへ行ってたんだ?」
「・・え、・・・ここで投げ込んでました。」
「え、ここでずっとか?」
「はい。」
その会話を聴いていた小田は驚いた。
「お前、そんな時間からやってたのか!何で俺を呼びに来ない?」
「小田さんに迷惑と思って。」
「そんなの迷惑でも何でもない。チームの為なんだから。」
小田の放った言葉はもっともだが、絹ヶ谷は自分のためにその時間に起きても良いという気持ちに驚いた。その後も小田と一緒に投球練習を続けた。そして練習終了の15時30分まであと5分になったとき。
『ヒュッ!』
『ククッ!』
『スパーン!』
「曲がったぞ・・。」
「え、本当ですか小田さん。」
「ああ曲がった。完成だぞ!絹ヶ谷!」
「やったぁ~!」
「やったな、絹ヶ谷。」
「小田さん、ありがとうございます。」
かくして絹ヶ谷は新変化球を習得した。絹ヶ谷の習得した変化球はカットファストボール。スライダーと似たような握りで、スライダーより打者の手前で鋭く小さく曲がる変化球。

元々大きなフォークとシュートを持っている絹ヶ谷にとって、これは大きな収穫となった。有意義な春季キャンプも終わり、いよいよ数日後からオープン戦が始まる。

~続く~

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