第9部

《本日の試合はご覧の通り、7-2で阪神が勝利しました。勝利投手、井川。敗戦投手、若田部でした。》

ロッカールーム内で選手達の声がしている。
「今日はええ試合やったなぁ。」
「金本さんの2ランがよかったですよ。」
「井川、ええ感じやな。」
それぞれ思い思いの言葉を口にしているこの部屋に、この日代打本塁打を放った高木がいた。最近途中出場で守備につくことも多くなった高木は絶好調だった。その高木の前に1人の選手が寄って来た。
「智、今日飲みに行かへん?」
その選手は今岡誠、入団こそ高木よりは早いが歳は同じである。同じ歳なので二人は高木の入団1年目から仲が良かった。
「ああ、ええで。」

居酒屋に着いた二人は一番奥の座敷についた。早速二人はビールを頼んだ。間も無く、頼んだビールがやってきた。
「とりあえず今日は勝って良かったな。智のホームランが効いたんや。」
「誠こそ猛打賞やったやんけ。」
二人は談笑しながら、次第にその話は野球に向かっていた。そして絹ヶ谷の話になってきた。
「なあ誠、俺は絹ヶ谷とは1打席しか対戦してへんけど、やっぱあいつは凄いよな?」
「ああ、あいつは凄いで。俺はあいつからだけは打率2割あらへんもん。」
一緒に頼んだ焼き鳥を食べながら今岡は答えた。今岡は今年これまで絹ヶ谷に13打数2安打、打率1割5分4厘に抑えられている。
「俺な、まだあいつと1回しか対戦してへんけど、次は打てるような気がすんねん。」
「何言うとんねん智、俺かて打てへんのに。・・あ、『俺かて』はあり得んわな。」
「別に『俺かて』いれてもいいんちゃう?それに見合う成績残しとるんやし。」
二人はその日、深夜まで話し合った。しかし高木は決して絹ヶ谷の球種は話さなかった。高木自身、あれは自分の疑問を解決する為であって、仲間内に攻略しやすいように訊き出した訳ではない、という証だった。

《絹ヶ谷、完投勝利!今シーズン7勝目!》
二人が居酒屋に到着した頃、絹ヶ谷は完投勝利をおさめ今季7勝目を手にしていた。これで絹ヶ谷の成績は7勝2敗、防御率2.27となった。絹ヶ谷はさっさと着替えると帰路に着こうとした。そのとき、絹ヶ谷の携帯電話が鳴った。絹ヶ谷はおもむろにその電話を取った。
「絹ヶ谷か?高木智やけど?」
「え!?高木さん!?何で携帯の番ご・・いや、それより、何で俺に電話を!?」
「いや、大した用じゃないんや。チーム関係無しで飲まへんか?あと誠・・っと、今岡もおんねんけど。」
絹ヶ谷は少々考えた。いや、他球団しかも阪神の選手から誘われているのである。即断は出来ない状況である。しかし絹ヶ谷は高木なら、と思い、その誘いに応えた。
「いいですよ。場所は何処ですか?」
「えっとな・・・。」

「それにしても智、よく絹ヶ谷なんか誘えたな。」
「まあな。」
「あ、俺も誰か誘って見るわ。」
今岡が電話をする中、高木はビールを飲みながら絹ヶ谷の到着を待った。

暫くして絹ヶ谷が居酒屋に到着した。絹ヶ谷が高木たちの座敷に行くと、横浜ベイスターズの田中一徳も居た。
「どーも。」
絹ヶ谷は席に着いた。田中一徳は絹ヶ谷より一つ年上である。
「田中さんも居るんですか?」
今岡が田中がここに居る経理を説明した。
「一徳はな、俺のPL学園の後輩なんや。だからといって同じ時期に居たわけやあらへんけどな。」
「あ、そうなんですか。」
それにしても異様な光景である。ペナントレース中にも関わらず、偶然でなく呼び合って他球団同士の選手が杯を交し合っているのである。それも3球団も。そして絹ヶ谷が高木に話しかけた。
「高木さん、今日の代打での一発おめでとうございます。」
「もう情報入ってんのかいな。最近はほんま早なったで。」
「高木さん、一つ訊きたい事があるんです。」
「なんや?」
「最近の試合での活躍、スポーツニュースでよく見させて貰ってますが、右足をかばって打ってるのは何故ですか?」
「え、智お前、どこか痛めとんのか?」
横から今岡が口を出してきた。田中も不思議そうな顔で高木を見ている。
「よう分かったな、せや、いま右足痛めとんのや。医者は酷使せん方がいい言うんやけどな、俺もプロやし、本当に危なくなるまでは休まん。6年目でやっと1軍に上がれたんや。こんなもんでまた2軍なんか行きたないんや。」
「高木さん、休んだ方がいいですよ。横浜にとって、とかではなくて。落ちたらまた上がってくればいいじゃないですか。怪我は一生ものですよ。」
今岡、絹ヶ谷、田中は、それぞれの思いを口にした。皆から出たのは『休養』の言葉。それも『怪我を治してまた1軍へ』という意味だった。しかし高木はそれをかたくなに拒んだ。

そうこうしてるうちに周りがこちらをちらちら見てくるようになった。いくら座敷ごとにのれんが垂れていても、声は聞こえる。だから周りは何だ?何だ?という感じに気にし始めてきたのである。
「さ、周りが俺らに気付かん内にお開きにしよか。コーチとかに話が漏れたらお互いにやばいやろ。」
今岡がそう言いすっと立ち上がると、皆も立ち上がった。そして静かに会計を済ましに行く。しかしやはり田中以外は180cmもの大男。そんなのが3人も居たなら皆それに目が行く、が、幸いにも誰も気付かずに事なきを得た。
「じゃあ、ありがとうございました。」
「また誘ってください。」
店を出ると、高木と今岡とは反対の方向に絹ヶ谷と田中は歩いていった。

そろそろ夏も本番、暑くなってくる。この時期、選手達がどう乗り切るかでチームの勢いが変わってくる。既に阪神が1位を独走しているこの状態を打破する球団は現れるのか?読売ジャイアンツに所属している絹ヶ谷は毎年夏場に強い。やはりこの状況をとめるのは巨人なのだろうか。

~続く~

<<<   >>>