第8部

シーズンも大分過ぎた。既に6月8日、なんと58試合を消化した時点で、チームは首位を独走している。大阪ではてんやわんやの大騒ぎ。東京でさえもそれに騒ぎ始めている。

この日、神宮にて対ヤクルト戦第14回戦が行われる。高木は、絹ヶ谷と対戦してから、成績を上げていった。そしてキャンプ時に岡田守備・走塁コーチに言われた、『長打力以外のもの』も、ミート力をつけたことによってクリアした。
成績は、41試合56打席51打数14安打5四死球、2割7分4厘5毛、打点5、本塁打1となかなかの成績を上げている。成績が徐々に上昇しているお陰で、代打の1番手までのぼり詰めた。更にそのまま守備につき、2打席目が周ってくることもしばしば。

「今日やな、高木が使えるかどうか分かるんは。」
その声は星野監督の声だった。
「田淵、あいつの打撃はどうなんや?」
「高木の打撃ですか。あいつはなかなかいいですよ。長打も打てるし、狙えば流すことも出来ますから。」
田淵打撃コーチは高木をなかなかに評価していた。それを知ってか知らずか、高木は、試合前のランニングをいつもより1往復多く走った。高木は、野球人としての直感で今日は自分に何らかの役割があるだろうと感じた。

試合が始まり20分も経たないうちに、1回裏にヤクルトが1点を先制した。4回裏にもラミレスに二塁打を打たれた後、四球、まずい守備があり、2点目を献上してしまった。
しかし、ここで崩れないのが今年の阪神。5回表に先頭の矢野が二塁打を放つと次の片岡も四球で出て、先程のヤクルトと同じ状態になった。そして二死二、三塁になったとこで、今岡の2点適時打が飛び出した。ここで自分のペースに持ち込みたい阪神だが7回裏、犠飛で1点を勝ち越されてしまった。
8回表どうしても追いつきたい阪神の攻撃。打席には金本。ヤクルトの投手はこの回、ベバリンから五十嵐亮に代わっていた。カウント1-2からの4球目、引っ張った打球は左打者の理想の方向、右中間へ飛んで行き、見事同点ソロアーチとなった。9回には両者とも無得点で、延長戦に突入した。
10回表、阪神の攻撃は投手久保田からだが、ここは当然代打である。
《バッターの交代をお知らせします。バッター久保田に代わりまして、高木、背番号23。》
高木が登場した。代打としてなかなかの活躍をしている高木に、神宮の半分以上を埋め尽くす阪神ファンは声援を送った。ホームランの催促や出塁の期待などが入り混じっている。
高木はそんな声援を受けながら打席に入った。対戦投手は去年まで阪神に居た成本。短いとはいえ、2軍で一緒になったことはあった。その頃はたった2週間という短期間に調整法などを丁寧に教えてもらったこともあった。
しかし情は厳禁のこの世界。高木は打席に立った。
(成本さんは確かフォークを投げれるはずだ。落差が大きいと聞く。フォークに気をつけて他の球はタイミングを合わせて行こう。)
成本が初球を古田のミット目掛け放った。ストレートと見えた球はやや曲がった。高木は出したバットを止めた。しかしハーフスイングを取られカウントは1-0になった。少々間を置き、成本が2球目を投げた。今度は外角にボールで1-1となった。今度は殆ど間を置かず3球目を投げた。高木の体は勝手に反応した。
『カーンッッ!!』
高木は内角のフォークをすくい上げ右へ流し、見事右前打を放った。
(よし!)
高木は先頭打者として出塁し、そのまま走者となった。そして次の打者は今岡。ここは勝ち越しのチャンスだ。
「今岡が出たら赤星に送りバントさせい。」
星野監督は島野ヘッドコーチにそう告げた。島野ヘッドコーチは一塁に居る長嶋守備・走塁コーチへ今岡の打撃指示のサインを送った。今岡までサインが回った頃バッテリー間の準備が整った。
成本が投げた初球を今岡は思い切り叩いた。三遊間コースに強烈な打球は転がっていく。
《三遊間ーーー!!抜けるかぁー!?》
実況は大絶叫。その瞬間ヤクルトの遊撃手宮本が飛び込んできた。捕球した宮本は上体を二塁に向け右腕だけで投げた。8回表から土橋に代わってセカンドに入ってる城石にボールが渡り高木がセカンドフォースアウト。そのまま一塁に送球されたボールはファーストベッツのミットに今岡よりも早く収まった。併殺打が成立し、チェンジとなった。
この瞬間、神宮球場は阪神ファンのため息に包まれた。このあと阪神は赤星が出塁したものの後が続かず、10回裏ヤクルトの攻撃となった。投手は安藤に代わった。投手に代打を出された高木はセカンドに行き、セカンドに居た今岡はサードへ。サードの片岡がベンチに下がった。ヤクルトの攻撃は二死満塁で古田に回ってきたものの、安藤がきっちり抑えた。
11回表の阪神の攻撃は、この日4番に座っている八木が左前安打で出塁。代走の秀太が盗塁を試みたが失敗。続く桧山は三振。二死から矢野がしぶとくセンター前に落とすも、7番片岡が空振りの三振。早くも11回表が終わった。

「・・・・・・・・。」
沈黙している星野監督。実はこのときが一番怖いのを阪神ナインは知っていた。
「秀太。」
「ぁ、はい・・。」
星野監督に呼び止められた秀太はやばいと思った。恐る恐る振り向く秀太に星野監督は言った。
「サードや、守備ではミスすんなや。」
「は、はい!」
秀太は正直ほっとした。星野監督は審判に守備位置の変更を告げた。八木の代走の秀太をサードに、サードの今岡をセカンドに、セカンドの高木をファーストに置いた。高木自身ファーストは初めてだった。

11回裏ヤクルトスワローズの攻撃は7番ライト佐藤真一からである。
(先頭打者は出してはいけない。ここは先ず内角に球を投げ込んだ方がのけぞるだろう。安藤、内角に思い切り投げ込め!)
矢野は安藤に内角ストレートのサインを出した。安藤はコクリとうなづきセットポジションについた。振りかぶって投げた球は内角へ・・・・行くはずだった。安藤の投げた球はストライクゾーンの真ん中へ。
『カンッ!』
佐藤の打球は安藤の頭上を越え、中堅手赤星の前でバウンドした。続く城石はきっちり投手前に犠打を決めた。一死二塁の好機をつくったヤクルトは投手河端の打順に代打小野を送った。小野は心を落ち着かせ打席に入った。安藤はクイックモーションで4球投げ込み、カウントは2-2と小野を追い込んだ。
(よし、あと1ストライクで2アウトだ・・。)
安藤はそう思い、気が抜けた。投じられた5球目は矢野のミットに収まる前に、小野のバットによってセンター前に運ばれた。城石は三塁を回り、打球を捕った赤星は懸命に本塁へ投げた。しかし城石はホームインし、ヤクルトのサヨナラ勝ちとなった。

安藤はガックリと肩を落とした。そこに高木は歩み寄った。
「安藤、気にしぃなや。たった1回のサヨナラ負けくらい。」
「すいません、高木さん。負けてしまって。」
「謝ること無いで、安藤。それに謝る相手がちゃう。俺は途中から出たにすぎん。」

この負けによって、阪神は前夜に続き2連敗を喫してしまった。しかし阪神には貯金がまだ沢山ある。勢いにも乗っている。阪神はこのまま優勝へひた走るだろう。

~続く~

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