第3.5部(第3部途中話)

オープン戦が開幕して間も無くの2月25日。青空の広がる晴天の下、桧山選手会長の一本締めによって、約一ヶ月続いたキャンプを打ち上げた。

その夜、高木は桧山や矢野達に飲み会に誘われたがそれを断り、同じく断った今岡、濱中、赤星らとホテルへ戻った。ロビーでその3人と別れ一人で部屋に向かった。
部屋に着いた高木はおもむろにベッドに座ると携帯電話を手にし、電話を掛け始めた。
「はい、高木ですけど。」それは女の声だった。高木は大阪に住む家族に電話を掛けたのだった。
「よお弘美、俺だ、智だ。」
「あ、智?どうしたん?」弘美の声はゆったり目になった。
「うん、今日な、安芸キャンプ終わってん。」
「いつ大阪に戻って来るん?朋和(ともかず)も会いたがってんで。」智には5歳になる息子がいた。
「うん、そのことやねんけど、27日に甲子園で最初の練習があるから、そのあと会えるで。」
「分かった。じゃあまたなー。」弘美の声は帰る日を告げてから徐々に明るくなった。電話を切ると高木は安堵感に包まれた。
そろそろ飲み会に行ったメンバー達が帰って来る頃だった。その頃高木は早めに就寝した。

27日、高木を含む阪神一行は甲子園入りした。高木は1ヶ月ぶりに家族に会えるためか、3時間もの練習を難なくこなした。このスタミナには首脳陣も驚いたであろう。島野ヘッドコーチは高木のスタミナにチェックをつけた。
練習後、早速高木は帰宅した。家族に会うためである。高木は自宅に到着した。
「おかえりーぱぱー!」家のドアを開けた途端朋和が飛び込んできた。突然の出迎えに少々驚きつつも安らぎを感じた。久々の家庭に高木は心を落ち着けることが出来た。
「ぱぱ、ぼくなー、やきゅうやりたいねん。」
「え!?」高木は朋和の突然の言葉に驚いた。今まで『野球』と一言も口にしなかった息子がいきなり野球をやりたいと言い出したのだから。高木は心の底から喜んだ。
「そうか。野球やりたいんか。ならパパが教えてあげんでー。」高木は即答した。改めて家の奥に進み妻の弘美に話しかけた。
「朋和が野球やりたい言うたなんて初めて聞いたわ。」
「そうやろ。あたしもびっくりしたで、最初に聞いたときは。」
「一体何がきっかけやったん?」高木は軽い気持ちで訊いてみた。すると弘美はリビングのソファーに座り話し始めた。
「あんなー、スポーツニュースのキャンプ特集を見とってんけど、キャンプの風景としていろいろ映っとった中に智の姿があってな、それを朋和が見つけてん。それからや、野球野球言い始めたんは。」朋和はテレビに映る父親の姿を見てカッコイイと感じたんだろう。
「せや、明日練習休みやから朋和に野球道具買うてきてやろ。」

翌日。高木は朋和のために買って来たグラブとボールでキャッチボールをしてやった。テレビに映った高木の姿がそれだったため、朋和は飽きずにずっとキャッチボールを続けた。

開幕前日、トレーナーから右足の状態を聞いたあとに自宅に電話したとき、高木は弘美から聞いたことがある。
朋和は、開幕戦のため横浜に行った高木がいないときでも、壁にボールをぶつけてそれを拾いまた投げる。つまり壁当てを毎日やっていたという。高木が安心してシーズンを迎えられるのは、これがあったのが一番大きいかもしれない。

~続く~

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