5  「原点」

ある世界に
神様がやってきた。
その不毛な世界に神様は人と知をもたらし、
世界に繁栄の兆しが見えはじめていた。


ある時
神様の側近が神様にこういった。
「神様。人が増えすぎています。世界のバランスから考えると、少しばかり
人を減らしたほうがいいと思われますが…」


「そうか、わかった。だがどうやって減らそうか。」
神様はこう問うた。
側近は答える。
「では死と言う概念をもってして、この世界の理といたしましょう。
人が生まれ、そして死すことによって、世界は均衡するはずです。」
「うまい話があったもんだ」
神様はうんうんと深くうなずいた。


後日になって、側近は地上から天に向かって伸びる長い階段を用意した。
「天国への階段か…」
神様はそれを見ながらつぶやいた。
「左様にございます。死すものはこの階段をのぼり、天の国へと向かいます。」
「天の国…この階段がかの国へ誘うというわけか。」
ふーんと、神様は目を上下させている。
「はい、長いようで短い、この階段が…」
側近は目を細めた。


「しかしながら、」
神様は言葉をいったんきり、そして続ける。
「側近よ、お前はイギリス生まれか」
「なんのことにございますか。……イギリス?」
「すまん魔がさした。」
「神様。」
「はい。」
「とらわれてはなりません。人は、思想は、
あの飛行船のようにどこまでも漂い続けるのです。」
ある飛行船が、空の下漂っていた。
「ふむ。導くものは常に我より高きにあるというわけか。」
「必ずしもそうとは限りません…」
2人の会話はまだまだ続く…。






一見側近の意見を素直に受け入れたと思われた神様だったが、

後になって階段を取り壊した。

側近がその理由を尋ねると、神様はこう言った。

「人の死は悲しすぎる。私はそれを望まない。

しかし死をそれ自体なくすこともできない。

それならどうだ、階段ではなく梯子を作ってみては。

世界の優れた人間たちは、やはり世界の秩序と均衡の危機を

察することができる。察したものは、必ずその梯子を昇るはずだ。

しかしその道は階段よりも険しい。だからこそ、だ。

誰もがその梯子を昇りきるとは限らない。

つまりは、死すべく人間の死せる者だけが死すことができる。

これによって、死をなるべく少なく、そして意義あるものにできる。」

それでは、結局人の数は増え…

側近は言った。

「それでは、間に合いません。」

「いいのだ。そのぶん、生まれてくる数を減らせばいい。

優れた人間はまた、その数を減らさなければならないことを自覚し、

実行するに違いない。」

遠くを見る目をで、あるいはそれは笑みでもあるのだろうか、神様はこう言ったのだった。






世界は変わった。

人は欲に忠実で、

人の数は増える一方だった。

そしてまた自ら死をえらぶ物など誰もいなかった。

誰もが快楽にひたり、いつまでも生きたいと願った。

英知を持っているにせよ、人は人だったのだ。





そして世界の秩序と均衡は崩れた。

世界は地獄と化した。

手に負えず神様は逃げ出した。




人はいまも、地獄から這い上がろうと必死に梯子を昇る…

ゆっくり、ゆっくり

ゆっくり、ゆっくり

昇っては落ち、また昇っては落ち

地獄から這い上がるために、

地獄から抜け出すために、

天の国がまたそうであるとは知らずに、

必死になって……

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