みさきと一緒 銀行でパニック!編
作:海李
「ねぇねぇ裕樹、あれ何? 色んな色が丸くて並んでるやつ」
「……信号だろ」
「へぇー」
都会の喧騒の中を歩く、二人の姿。なんら変わりの無い普通のカップルに見える。
こんにちは。まあ夜であっても無視してくれ。俺の名前は高崎裕樹(たかさきひろき)、高校二年だ。世間の学生は今は夏休み。俺もそれを満喫している。――筈だった。今年もそのつもりだったが、それは出来ないだろう。
それはこいつの所為。みさき。夏休みに入るちょっと前、突然俺の家にやって来て、そのまま俺の部屋に居座った。
「ねぇねぇ裕樹、アイスクリーム買ってぇ」
「あ? 買わねぇよ。自分で買えよ。母さんから少し金貰ってるだろ」
「裕樹のケチ」
「言っとけ」
みさきは変わった容姿である。髪は緑色のショートで、毛先は外に跳ねている。背丈は一六〇センチくらい。今日はノースリーブの上に、半袖のシャツを羽織っている。そして下はバミューダパンツ。ギリーの靴を履いている。ここまでは普通だが、普通の人にはありえない特徴がある。それは、頭にアンテナが立っており、そして尻尾が生えているのである。今日はアンテナは帽子を被り、尻尾はしまって隠しているのだが、非常識なこと極まりない。
それで何故俺がこのような面倒くさいものを連れて、街中を歩いているかと言うと、まず第一に母さんに外を案内して来いと言われ、第二にとりあえず今日は宿題から逃避するため。そして第三の最大の理由は、みさきにせがまれたこと。みさきの願いを断ると、あとでどんなことが待ってるやも知れない。いつぞやも外に出るのを断ったとき、俺の漫画の、全部の第六巻だけが黒焦げになっていた。
(あれ? みさきは……?)
「裕樹、早く行こぉ」
ちょっと待てぇ、お前が今渡ろうとしているそこは、赤信号の十字路じゃねぇか。危うく轢かれそうになったところを助ける。
「お前馬鹿か! 赤信号の横断歩道を渡る奴があるか!」
「ごめんなさい……」
みさきの顔は今にも泣き出しそうだった。天真爛漫だが、こういうところは素直でかわいい。
「い、いいよ、分かったんなら。――今度から気をつけろよ。赤は駄目だからな」
「――はぁい!」
徐々に明るくなっていった顔が、最後は満面の笑みに変わった。
「ありがとぉ!」
執拗にせがまれて、アイスを買わざるを得なかった。最後のほうはやばかった。掴まれた腕が折れるんじゃないかと思った。
「よぉし、高崎探検隊出動! みさき隊員、突入します!」
もう交差点の時の反省はないんじゃないだろうか……。
「発射ぁぁー!」
「――っておい!!」
オリンピックの陸上一〇〇メートル金メダリストよりも早いんじゃないかと思うくらいのスピードで、みさきは駆けて行く。やはり謎だ。みさきは一体何者なんだ。
辿り着いた先は銀行。微かだがここに入っていく影を見た。しかしみさきがこんなとこに何の用があるのだろう。いや、何の用が無くても入り込んでいく奴だ、あいつは。この間も何の用も無しに美術館に入っていって、散々『変な絵』と叫んだ後走り出て行った。お陰で俺はこっ酷くしかられる羽目になった。
「おいみさき、もう帰るぞ」
自動ドアを通って銀行に入って行く俺。しかし何か様子が違う。みさきは居たけど……。
「おい、お前もそこに並べ」
顔に覆面、黒い服、手には拳銃……銀行強盗!? 運悪く(みさきの所為で)俺は銀行強盗に巻き込まれてしまった。俺は素直に両手を挙げ、窓口の近くに立っていたおじさんの横に並んだ。生涯こんな体験は初めてだ。周りの客たちも震えている。
(……あれ? みさきは……?)
よからぬ感じがして銀行強盗の方を見ると、居た。
「ねぇ、何してるの?」
「てめぇ、俺を舐めてるのか! さっさと並べ!」
強盗はみさきに向かって銃を突きつける。こんなとき、何も出来ない俺に腹が立った。
「この銃が見えないわけじゃないだろ。それともお前は世間知らずなだけか!?」
「これ知ってる。むかぁしの武器で拳銃って言って、火薬の爆発で弾丸を発射させるやつだよね」
銃をまじまじと見ながら、丁寧に観察する。そしてみさきは振り向いた。
「裕樹、あたしの星の博物館に同じのあったよぉ!」
(俺に振るなぁぁーー!! てか星って何だぁぁーー!!)
強盗が俺をねめつける。みさきめ、俺に振った所為で俺にも目がつけられちまっただろうが。てか『あたしの星』って何だよ。『あたしの星』って。やっぱお前は地球上の生き物じゃないのか。この危機的な状況に、考えたくない疑問がまた一つ増えてしまった。
「おい、お前の連れか。こいつを側に置いとけ!」
強盗はみさきを蹴り上げた。その衝撃で俺の手前まで吹っ飛ばされてしまった。俺の足下でしたたかに床に打ち付けられたみさきは、今にも泣きそうな顔をしていた。
(強盗め……。よくもみさきを!)
俺にもよく分からないが、普段煩わしいとしか思わないみさきが傷付けられたのを見て、無性に怒りがこみ上げてきた。
「痛い――」
体を起こしたみさきの右膝には、痛々しいあざが出来ていた。こんなに早くあざが出来たのだから、相当強く打ったに違いない。
俺は既に我慢できなくなっていた。俺らの他には客が五人。従業員が六人。奥のほうにまだ従業員は居るかもしれない。居たなら既に警察には連絡しているだろう。理性の無くなった俺は、右足を踏み出した。ふと何か異様な感じがした。それは、理性を取り戻させるには充分なほどだった。強盗も含め、店内に居る皆が何かを感じている。それは俺のすぐ側だということが分かった。
「痛い、痛い、スッゴク痛かった」
みさき? どうしたんだろう。一体何があったんだろう。いたいけなみさきの感覚はどっかに消えた。みさきはゆっくりと立ち上がった。しかしそれはみさきであってみさきで無かった。みさきは俺より小さくて、俺は一七三センチあって、今のみさきは俺よりも背が高い。その変貌振りに強盗だけでなく、その場に居る全員が驚いていた。
「みさき? ……大丈夫か、どうしたんだ……?」
「私はあいつらに仕返しする」
「おい!」
声を掛ける間も無く、みさきは強盗のところへ歩み寄る。強盗も体つきはいいほうだが、今はみさきの方が背が高い。一九〇センチはあるのではないか。しかし強盗は顔を引きつらせながらも退かない。
「馬鹿か。俺にはまだ、銃があることを忘れたのか」
そうだ、銃があったんだ。俺はすっかりそのことを失念していた。いくら大きくなったみさきでも、銃はどうだろう。助けに行くべきか。
「その程度の銃で私に勝ったと思わないでよ。私にとってそれは、平手より意味の無い物」
「うるせぇ!」
轟音が響き渡った。銀行内の誰もが息を呑んだ。
「みさき……?」
俺は悔やんだ。何故飛び掛らなかったのだろうと。しかし不安はかき消された。みさきはそこに立っている。俺からは何が起こったのかさっぱり見えない。銃口は限りなくみさきに近いし、例え避けたとしても、後ろのガラスの入り口が割れてないところを見ると、みさきに着弾したとしか考えられない。
「――は……?」
強盗は絶句している。みさきは服にめり込んでいる、潰れた弾丸をつまみ取る。
「だから言ったでしょう? 私には意味の無いもの――」
その瞬間みさきの振り上げた脚が、強盗の頭を襲った。クリティカルヒットのその蹴りで、強盗はノックダウンしてしまった。その時ようやくパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。強盗も倒れ、パトカーの音も聞こえ、人質全員から喝采が起こった。気付くとみさきは元の姿に戻っている。いや、どっちが本当の姿なのか……。
無事銀行強盗事件は解決された。警察の事情聴取のとき、その場に居た全員がみさきを英雄と称え、みさきも自分が強盗を倒した、と言うが、いかんせん見た目は十五歳くらいのみさきが強盗を撃退したとは、警察には信用してもらえなかった。ま、当然と言っちゃ当然なんだが。長い時間を過ごしたと思ったが、実際は通報があってから警察が到着するまでの、十五分くらいの出来事だったと聞いた。人間って切羽詰った状況だと、時間が長く感じるのって本当なんだなぁ。
「今日は何か大変だったぁ」
みさきがそう言ったのは、帰路に着いたときだった。みさきでもそう思うなら相当だったんだろう。
「そういえば右膝は大丈夫か?」
「え、何で?」
「ほら、強盗に蹴り飛ばされた時、倒れて右膝に大きなあざ作ったじゃんか」
そう言いながら裾から時々顔を覗かせる、みさきの右膝を見た。……あれ? ないな。左膝だったか、いや違う。……あれ?
「お前、あざは?」
「あっ……いいから早く帰ろ、あたし疲れちゃった」
一瞬言葉に詰まったとき、明らかに動揺していた。そこに突っ込んでみようか。いや、やり返されたらひとたまりも無い。そういえば強盗を蹴った時、あれ確か右脚だったっけ。何なんだ!?
「そういえばお前、銃弾受けただろ! 何で傷一つ付いてないんだよ」
「あたしわかんなぁーい」
「とぼけるな、防弾ベストでも一〇〇パーセント防ぐことはできねぇんだぞ。それにお前、『あたしの星』って言ってたよな。あれはどう説明するんだ」
「ねぇねぇ裕樹、もいっこアイス買って」
「話し逸らすな!」
結局何もかもうやむやにされてしまった。怪我は無くて何よりだが、みさきに関しての謎がかなり増えた気がする。
いい加減にしてくれよなぁ。もう宇宙人でも何でもいいから、正体明かしてくれよ。
――いや、宇宙人てのはよしてくれないかな……。本当に。
~終わり~
注:この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、一切関係ありません。