マジックマスター

作:海李

「ええ~い!誰が捕まるもんか!」
よくある街の風景、ヨーロッパ風の家々が立ち並ぶこの街で、たまに見る光景が繰り広げられていた。
「くぅらぁー!待てぃー!」
「待つわけ無いでしょ!」
二人が街中を走っている。一方はパン屋の店主。作業着姿で走っている。そして追いかけられているのは女の子。頭の上の方で結んだポニーテールを風になびかせながら、パン屋の店主から走って逃げている。しかし、周りの街の人は穏やかに、時には微笑んでその様子を見ている。この光景はこの街ではたまに見かけることだったからだ。
「あら、またやってるわね、ケントさん。」
「そうね、今日も逃げられるんじゃない?ふふふ。」
買い物帰りで立ち話をしていたおばさん二人が微笑みながら二人を見ている。

この少女の名はリナ、この街に住んでいる。よくみるとこの少女、歳は16~17くらいに見えるが、服がやや小汚い。実はリナは半年前、両親が借金のため家財を持ち、【いつか帰って来る】という手紙を残し、リナだけを置いて逃げたのである。リナは今、その手紙の言葉を支えに今を生きている。だがそのせいで、ホームレスの生活をしていたのだった。なので職を探しているがなかなか見つからず、今や窃盗の常習犯となっている。しかし街の皆が黙って見ているのは、この娘(こ)が盗むことは仕方がないと思っているからだ。今まで盗られた被害総額はそんなに大した額ではなく、1ヶ月働けば返せる程度のものだった。それもそのはず、リナは店で一番安いものしか盗まない。この街の者はこの少女への生活金としてあげていると捉えている。しかし、このパン屋のケントさん、街の皆と同意ながらも、盗みは根から嫌いな人物であった。なので、毎回追っていたが、最近は生活の一部と成している。

「今日こそは俺が勝ってやる!」
「私が勝つもん!」
どうやらこの二人、これが日常の一部となりすぎて、勝ち負けの感情になっているらしい。
「おーいケントさん!今日も負けるのかい!?」
過ぎ行く街人から声をかけられる。
「今日こそは捕まえる!」
「ははは、そう言って3ヶ月だ。」
もう二人の差は30mになっていた。
(ケントさん、足遅いもんねー。今日も私の勝ちよ。)
ちょうど角に差し掛かったときだった。
『ドーン!』
「わぁ!」
「きゃあ!」
リナはしりもちをついた。ぶつかった方は少しはじかれただけだった。
「ちゃんと前を見なさいよ!」
「ああ、わりぃわりぃ。」
男は軽い口調で言った。すると男はスッと手を差し出した。リナは男に起こしてもらった。その男は背が高い、髪は茶色がかった黒、少し髪は伸びていた。
「捕まえたぞ!」
「あっ!しまった!」
リナはパン屋のケントさんに右腕をつかまれた。
「俺の勝ちだ、今日盗った分を働いて返してもらおう。」
「ううう~。」

「ありがとうございました。」
ここはケントさんのパン屋。リナは盗んだパンの金額分働くことになった。しかし一番安いパン1個なので大したことはない。それにこれでもまだ14勝3敗だ。レジでにこやかに仕事しているリナの横にふてくされてる男が一人。角でぶつかったあの男だった。
「なぁ、何で俺も一緒に手伝わなくちゃいけねーんだよ。」
「あんたがぶつかってきたせいで私は捕まったんだから当然よ。」
男は再び渋々手伝いを続けた。そこでリナはあることを訊くのを忘れてたことを思い出した。
「そういえばあんた、何て名前なの?」
「俺か?俺はエンド・キープだ。」
「エンドね、よろしくエンド。」
「何で俺がお前とよろしくしなきゃなんねぇんだよ。」
「五月蠅いぞ!仕事をしろー!」
そこはケントさんに怒られ会話が終わった。

その日の夜、街の端のほうにある公園。リナはいつもここで寝泊りしていた。あまり広くは無いが、毎日小さい子供が遊びに来る近所じゃ欠かせない公園だ。その公園の隅に一本の木が立っている。その根元にテントを張り、リナは生活していた。今は寝る準備をしている。
「って何でエンドまでここ来てるの。」
「いいだろ~、俺も文無しなんだよ。」
パン屋ではあれだけ拒否してたエンドは、何故かリナのテントまで付いて来た。どうやらエンドも文無しらしい。リナは困り果てた。今日会ったばかりで、自分の盗みを邪魔した上に、パン屋であれだけ拒否して。そんな見ず知らずの男と一夜を共にすることになるのか。ふとエンドの方を振り向いた。しかしエンドはそんなリナの考えに気付くはずはない。そっぽを向いていた。だがその顔は何故かこわばり、満月を見つめていた。よく見るとこの男はそこいらの男よりも数段格好いい。髪の毛は見るからにさらさらで茶色がかった黒で、首の付け根辺りまである。見たところ二十歳前後だ。だが歳の割には童顔な気がする。膝まである紺のコートに黒いズボン。重たそうな格好をしていながらも、独特の気品を漂わせていた。身長も結構高い。180位?私と20違うってことか。そして綺麗な茶色い瞳。その眼はとてもしっかりしていたが、その奥底に何かを秘めている感じがした。そう思いながらリナはボーっとエンドを見つめていた。
「どうした、気分でも悪くなったのか?」
「ちっ、違うわよ!ちょっとボーっとしてただけ!」
「女の子はしっかりしてるほうが可愛いぞ?」
エンドはちょっといたずらに言ってみた。
『コツン』
エンドの頭に小石が飛んできた。大きさは3cm程度だ。彼女なりの照れ隠しか。リナはとりあえず寝る準備を続けた。
「リナ!」
突然公園に一人の、街に住む男性が飛び込んできた。ひどく慌てた様子でリナに駆け寄った。
「どうしたんですか?」
「リナ、君のお父さんが帰ってきたんだよ!今、集会所にいるよ!」
「え!お父さんが!?」
リナは歓喜の声を上げた。手紙に書いていたことは本当だったのだ。早速リナは街の人に付いて行った。
「……。」
エンドはこの状況を黙って見ていた。

集会所、人がワイワイと賑わっている。リナの父親が帰ってきたことは既に村中に広まっていた。
「いや全く、あの時は悲しいの一言で表すことが出来ませんなぁ。」
人が集まっているその中心には、リナの父親という男が立っていた。年齢は46~47くらいか。つまり30歳のときの子供、妥当である。髪の毛は白髪混じり、成りは他の住民より割りかし良い。背は他の人と同じくらい。人ごみの中に混じったら見つけることが難しそうな普通のおじさんって感じだ。
「お父さん!」
リナが到着した。その瞬間にその男性に向かって叫んだ。
「リナ!」
その男性もリナが集会所に着いた瞬間叫んだ。すると二人はお互い駆け寄り抱き合った。まさに感動のシーンだ。しかしその瞬間、男性の表情が一変した。いきなりその男性はリナの両手を束縛魔法で縛った。そして皆の方にリナを向けると、手でピストルの形をし、それをリナの頭に突きつけた。すると男はこう叫んだ。
「おらぁ!俺はマジックコントローラーだ!この街の長を出せ!」
そこに集まっていた住民は静まり返った。まるで誰も居ないかの様に。

マジックコントローラー。名前通り、魔法を使える者。これには階級がある。その階級は3段階。しかしその内一番低いランクとされているのがマジックコントローラーである。だが魔法が使えることには変わりないので、魔法の使えない者にとってはその存在は脅威である。これには何種類か属性があり、この男性はどうやら攻撃種らしい。

「おらぁ!早く呼んで来ねぇとこの女ぶっ殺すぞ!」
「私が長だ。」
この集会所に長は居た。人ごみの奥からゆっくりと出てきた。その人はもう年老いた男性で毛という毛がみんな白い。頭、眉毛、ひげ。髪の毛はちょっと少ない。
「よし、お前の私財を全て俺に寄越せ。」
「それは…やめてくれ…。」
「んだとコラァ!お前から先に殺そうか…?」
その男は長の頭に指先を向けた。今にもマジックガンを発射しそうだ。
「おじいさん、その要求を呑む必要はありませんよ。」
「誰だてめぇ!黙れ!」
若い男性の穏やかな声と、中年の怒声が響いた。
「エンド…。」
つぶやいたのはリナだった。そう、駆けつけたのはエンドだった。
「お主、今何と…?」
長がエンドに向かって話しかけた。
「条件は呑まなくていいと言ったんですよ。」
「てめぇ…、何考えてやがる!」
「別に何も?」
余裕を見せるエンドに男は指先を向けた。
「気をつけて!こいつはマジックコントローラーよ!」
リナがそう叫ぶと同時に、マジックガンは発射された。
『バシュ!』
「お気遣いどうも。」
エンドはそう言うと同時に、まるで瞬間移動したかの様に弾を避けた。
「こいつがマジックコントローラーだってことは匂いですぐ分かるんでね。」
そう余裕を見せると今度はエンドの方が構えた。しかし男とは構えが違う。左手はジーパンのポケットに入れて余裕を見せ、右手はパーの状態で男に向けた。
『ドォーン!』
右手からバスケットボール大の塊が発射された。それは男の頬をかすめ、後ろの壁に当たった。壁にあいた穴からは、隣の建物が見えた。それを見た男は観念したのか、その場にへたり込んだ。魔法を扱うには集中力が要るため、集中力の解けた男の魔法はすべて解かれた。勿論リナにかけられていた魔法も。
「エンド!」
リナはエンドのところに駆け寄り抱きつこうとした。しかしエンドはそれをスッとかわした。リナはととっと、よろけた。
「何!何で避けるのよ!」
「いや、お前は何かその…とっつきにくいっていうか?」
「何よそれー!」
「ワハハハハハー。」
周りが一斉に笑い始めた。
「リナちゃん失恋かー?」
「新しい彼氏、一緒に探そうか?」
「そんなんじゃ無い!」
顔を赤らめて叫ぶ。周囲の笑いと合わせてエンドも笑う。リナは一人だけ顔が真っ赤になっていた。
「それにしてもエンドがマジックコントローラーだったなんて驚き。」
「!!」
エンドだけが笑いを止めて、表情を硬くした。
「格好いいね。あんな魔法をズバーンて打てるなんて。」
続いて長が語った。
「どうじゃい青年。我街に住むということは?」
「…また明日結論を出します!」
一転明るく返答をした。リナはこれに安心し、そして期待を高めた。

「ん…んん~…。」
夜、リナはふと目を覚ました。夜中の3時だった。何故かリナはテントの外に出た。すると公園の外を歩いている一人の男が見えた。
(珍しいな、こんな夜中に。)
だが、よく見るとそれはエンドだった。
「エンド!」
「!」
エンドはしまったという顔をした。リナはエンドの側に駆け寄ると、尋ねた。
「どうして!?何で行ってしまうの?この街に居てよぉ!!」
リナは泣き出しそうな顔をしていた。するとエンドは優しく笑って答えた。
「俺は一応マジックコントローラーだけど、それの2つ階級が上のマジックマスターなんだ。」
「マジック…マスター…。」
それは誰でも聞いたことのある言葉だ。マジックマスターは十数種類ある属性を全て使える者のことを指す。マジックマスターは世界でたった一人しかおらず、世界中を旅しては街に棲む悪者を退治しているという噂がある。
「その、マジックマスターなの…?」
リナはとても驚いていた。
「そう、それ故に裏の巨大な組織ですら俺を消したがってる。ここでマジックマスターとしての活動を行ったからには、ここを去らなければ何もしていない住民にまで被害が出る。だから俺はこの街を去る。」
今までに無いとても優しい口調だった。自分達の前で見せていたあの性格は嘘だったようだ。
「…この話は街の皆には黙っておいてくれないか?」
「…うん分かった…そうだよね…。そんな凄い人がこんな村にずっと居ることなんて出来ないよね…。」
「済まない…。」
リナはうつむいた。そして一筋の涙がリナの頬をつたった。するとエンドはリナを抱きしめた。
「そなたに幸運を。」
エンドの手が僅かに光った。だが、そう言い残すとエンドはリナを放し、その街を立ち去っていった。リナはしばらくそこでエンドの背中をおっていた。

その日の朝、街はにわかに騒ぎになった。エンドが宿から姿を消したからである。しかしリナだけはその事実を教えてもらった。秘密にすることを条件に。
「リナ、エンドさん知らないか?」
「知らないよ。」
リナは生き生きした表情で答えた。エンドが来てからリナの表情は更に良くなった。その後、リナは仕事が見つかった。そして半月後…。
「お父さん!お母さん!」
「リナ!」
リナに本当の両親が帰ってきた。その時のリナの表情は至上の笑顔だった。

最後の別れのとき、エンドがリナを抱きしめたとき言った言葉。
「そなたに幸運を。」
その言葉と同時にエンドの両手が光ったのは、魔法をかけたということかは分からない。しかしリナに幸運が訪れたことには違いない。

「次に近い街まで…あと150kmか。」
そうつぶやきながら、マジックマスター、エンド・キープの旅は続く。

~終わり~

注:この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、一切関係ありません。