虚構と真実 過去の産物 -嘘と誠の狭間-

作:海李

-自らの運命を捻じ曲げて-

時は西暦3009年。世界は地球温暖化、人口増加、自然破壊などの幾多の問題を解決し、約600年。約1000年前の姿と比べると、大分平和と言える世の中になってきた。そしてこの地球上には人類が1800年も前から研究を開始していた、タイムマシンというものが存在する。しかしこのタイムマシン、実は国民には発表されていない。完成して2ヶ月しか経っていないのもあり、全国の上層部の超世界機密となっているのだ。しかしこの機械を管理している、時空瞬間移動機製造局の管理課で事件は起こった。

「おーい、そっちはセキュリティ大丈夫か?」
この人物は金村シエル。時空瞬間移動機製造局の管理課に勤めている者。背は平均位、行動力のある26歳である。ちなみにハーフではない。
「OK。」
こっちは高峰キミス。同じく管理課に勤める26歳の若者だ。沈着冷静でシエルを抑える役目だが、面倒に付き合わされることもある。

ある日の午後、昼食を摂りながらニュースを見ていたところ。
《今日未明、新都心高速磁力列車の旧新宿駅跡地の2002年の地層から人骨が発掘されました。》
「え、うお!まじで!?」
《頭蓋骨が陥没しており、硬い棒状のもので殴られたのかと思われています。全日本警備検挙庁では当時の殺人事件で遺体遺棄されたものとして捜査を進めています。》
「はぁ~、1000年も前の死体が今頃出てくるなんてなぁ。」
反応し、感心したこの男がシエルだ。
「なあ、これ凄いよな、絶対。1000年だぜ?1000年。」
「1000年ねぇ…。そういえばその頃は地球が一番荒れていた頃だったらしいからね。」
この歴史に詳しそうな受け答えをしたのはキミスだった。
「どれどれ、その白骨死体とやらを見てみようかな。」
そう言ってキミスはデスクの上にあるシート型パソコンを手に取り、あるサイトへのアクセスを開始した。そのサイトとは全日本警備検挙庁オフィシャルサイトだった。そこのログインページになにやらパスワードを入力しているようだ。
「えーと…。よしOK。」
キミスの入ったページは会員限定のページらしい。そこには色々な情報が載っていた。1800年代後半の事件から事細かに公開されている。その中にも今回の事件があった。
「おいキミス、これじゃねぇの?これこれ。」
「うるさいなぁ、わかってるよ。」
キミスは今回の事件の項目を選択した。そこには例の白骨死体の写真が掲載されていた。キミスはその写真を印刷した。しかしその瞬間、シエルが突拍子も無いことを言い出した。
「なあキミス、俺らでこの犯人捕まえねえか?」
「はぁ!?何言ってんだお前!そんなことしたら俺たち即警検(※全日本警備検挙庁のこと)行きだぞ!それにどうやって行くと言うんだ。」
確かにキミスの言うとおり、昔へ行くだけで過去時空移動罪で懲役30年以上、犯人など捕まえでもして過去を変えようものなら過去改竄罪(かこかいざんざい)で確実に極刑だ。過去を改竄されると現実世界の全てのバランスが崩れ、この世が無くなる恐れさえある。
「どうやって行くかだって?何言ってんだよここがどこか分かってるのか?時空瞬間移動機製造局だぞ?」
「お前・・、まさか・・。」
「そうさ、タイムマシンを使えばいいじゃないか!」
「馬鹿かお前は!」
この時空瞬間移動機製造局には約7基のタイムマシンが置いてある。世界の重役が1度程未来に行くために使ったが、使用時以外は管理課の下厳重に保管されている。幾ら管理課の者でも軍上層部の許可が下りなければ、勝手に使用した場合は実刑が下る。
「そうと決まればさっさと行こうぜ。」
「おい、誰が決まりと言った。俺は実刑なんてまっぴら御免だぞ。」
「ばれなきゃいいのさ。」
そう言うとシエルはだっと走り出してしまった。キミスはそのままその場に立っていた。
(いくらシエルのわがままにつき合わされるといっても今回ばかりはそういう訳にはいかない。)
そうしておもむろに椅子に座った。
(いくらシエルでも今回ばかりは帰って来るだろう。)
「……。」(3分経ったな。)
「……。」(5分経ったな。)
「………。」(…7分…経った…な…。)
『ガタッ!』
キミスは焦りながら激しく椅子から立ち上がった。そして急いで管理課を出ると一直線にタイムマシン保管室に向かった。

キミスはタイムマシン保管室に着いた。管理課だけが持つことを許されている特殊なカードキーを使って中に入ると辺りを見回した。すると一番向こう側のタイムマシンの傍に居た。
「シエル!」
キミスはシエルに声をかけると急いで駆け寄った。
「シエル、お前は馬鹿か?こんなことしてただで済むと思ってんのか!」
「大丈夫大丈夫。犯人見つけるだけだぜ。何も変えなきゃばれても30年で済むし。つーかばれなきゃいいのさ。」
「でもお前な、ばれる確率の方が遥かに高いんだぞ。俺は今回ばかりは行かないぞ。犯罪者になりたくないからな。」
「何言ってんだよ、キミス。ここに許可なしで入っただけで罪になるんだからお前も犯罪者だぜ。」
「あ、しまっ…。」
「もう後戻りは出来ないぜ。」
タイムマシン保管室に立ち入るには時空瞬間移動機製造局管理課の最高責任者に許可を取らねばならない。更に使用する場合は総合課、事務課の最高責任者にも許可を取らなければならない。二人はその最高責任者の許可を無くして入ったのだから既に実刑確実である。
「分かったよ付き合えばいいんだろ?」
「そうこなくっちゃぁ!ほら、さっさと乗れよ。誰かに来られると面倒だしな。」
シエルはそう言うとキミスを乗せ、タイムマシンのメインコンピュータを起動させた。
「じゃあ行くぜ、シエル。」
「俺もこれで死ぬまで拘置所か…。」
『キュゥーーーン!!』

無人の管理人室、1基無くなっているタイムマシン、状況証拠が揃っている中、見つかった場合言い逃れは出来ない。そしてこの行動が後々の二人の運命を在らぬ方向へと流してしまった。

-新たな運命を前に-

『ピーピーピーピーピーピーピー…』
サイレンが鳴り、ランプが表示されている。
《時空瞬間移動機が1基始動しました。時空移動完了ボタンを押してください。》
そのサイレンは誰も居ない管理課に響く。その異常にいち早く気付いたのは総合課の監視室の担当職員だった。超極小監視艇の映像が監視室に届き管理課が無人のことに気付いた。そして管理課の管理下状況を見てみると時空瞬間移動機が一つ無いことに気付いた。それに気付いた担当職員はすぐに総合課の最高責任者に連絡をとった。
「もしもし、市菱(いちひし)課統長ですか。管理課の者2人と時空瞬間移動機が1基在りません。指示をお願いします。」
「分かった。時空間結合解除装置を作動する準備をしてくれ。それと過去変動兆候が見られた場合は過去変動要因削除担当員を呼んで再度連絡してくれ。」
「了解。」
市菱課統長は総合課の最高責任者である。時空瞬間移動機製造局の運営の総指示者だ。この局はこの男の指示で動いている。社長や会長は局の指示は行わない。むしろ事務的なことのほうが多い。この市菱が口にした時空間結合解除装置とは、一旦他の時空との連結を解除し、未来や過去などの他の時空からの干渉を受けないようにする装置である。その隔離出来る時間は12時間で、その間に過去変動要因削除担当員が過去の事実が歪められないようにその兆候の原因を取り除きに行く。その原因が人間の場合、死ぬことになる。

2002年5月27日、廃墟と化した工場跡に1基の未確認物体が現れた。その形状は斬新でとても今現在世の中には無い形をしている。何故ならそれが存在しているはずの時代は約1000年後の3009年だからである。その機体の何も無いとこに溝が出来、扉が開いた。そこから人が出て来た。その二人こそ3009年の世界からタイムスリップしてきたシエルとキミスの二人だった。
「ここが2002年、1000年前か…。」
最初に降り立ったシエルの言葉だった。
「あーあ、本当に来てしまったのか…。」
そんなことを言いながらもキミスはどこか興味を持っていそうだった。
「キミス、とりあえずその現場とやらに行ってみようぜ。行かなきゃ何も始まらないし。」
シエルは行きたくてうずうずしている様子だった。
「分かったよ。えーと場所は…、SO-09182地点だってさ。」
「じゃあ、そこ行くか。」
シエルはのりのりで歩いていった。それを見てキミスは吹っ切れたのかフッと笑みをこぼしながらシエルについて行った。

SO-09182地点。そこは路地裏の空き地周辺であった。
「何だ?ここは?変な所だな、こんな路地に空き地があるなんて。」
「どうやら元々建物があったところみたいだね。」
シエルは少し考えてからキミスに写真を要求した。
「キミス、写真を見せてくれ。」
「はい。」
キミスはシエルに例の白骨死体の写真を渡した。シエルはまじまじとその写真を見る。するとシエルの顔がみるみる青ざめていった。
「どうした?シエル。」
「キ、キミス…。俺、ここで死んだんだよ…。」
「…?」
キミスにはさっぱり訳が分からなかった。シエルの冗談だとも考えた。なんせ西暦3000年の人間が2002年に死ぬはずが無い。するとシエルは写真のある部分をキミスに見せてくれた。キミスも気付いた。
「シエル…、これは一体…。」
「俺が知るかよ・・。」

その白骨死体は発見されたままの状態で写真に収められていた。その白骨死体の左手首にはしっかりとブレスレットが付けられていた。金の十字架の付いたブレスレットが。それはシエルのものと全く一緒だった。写真に写ったブレスレットはフラッシュのせいか、薄気味悪く金色に光っていた。
「シエル、大丈夫だよ。これはきっと何かの間違いだよ。」
「このブレスレットなぁ…、かなり歴史が長いんだけどよ、それでも販売開始されたの2700年だぜ…。」
「――――――!!」
二人は言葉を失った。突きつけられた現実。必死に別人物だという可能性を探すが見つからない。
【この時代の奴がブレスレットを買った、違う!この時代にタイムマシンは無い!】
【これを持ってた昔の奴がここで死んだ、違う!販売開始は2703年だ、その頃もタイムマシンは無い!】
【タイムマシンが出来てからこれを持った奴がここで死んだ、違う!今までの記録を見ても使った人数は1桁、一人でも帰ってこなかったら分かる!】
【誰かが無断でタイムマシンを使ってここに来て死んだ、違う!24時間監視しているが一度もそんなことは無かった!】
可能性。それは人の心を動かす天秤。可能性が低ければ軽くなり、不安という重みに負けてしまう。この不安という重みに勝つためには、可能性を高くし、重くしなければならない。しかしそれは人の力で変えるには相当の努力が必要である。努力なくしては可能性は変えられない。

「ふー…。よし、キミス!犯人を捕まえに行こうぜ!黙ってても何も始まらない!」
「シエル…。」
「何だよ、暗いなぁ。明るく行こうぜ!」
しかしどう明るく振舞ってもシエルには本当の明るさが無い。だが立っていても何が始まるわけでもなく、ここら辺を調査することにした。

「…坂田さん、どうします?」
「どうしたもこうしたもねえよ。たった二人だぜ?一気に襲えや済むこった。」
「でも、警察関連の捜査機関だったらやばいっすよ?」
「ふん!何が言いてぇ?こんな辺鄙(へんぴ)なとこ探すには道具なしの人二人じゃ何も出来ねえだろ。ありゃ警察じゃ無えよ。」
陰に隠れてシエルとキミスを見張っている二人の男がいた。威張っている格上風の男は坂田と呼ばれている。身長は180位あるだろうか。サングラスを掛け、右手拳には縫った痕(あと)がある。
「おい、てめえら、今からあの二人を襲う。俺らのアジトを見つけられちゃぁたまらねえからな。」
「うぃっす!」
この坂田という男の後ろには5人くらいの男が待機していた。そしてある男は角材を、ある男は鉄パイプを手に持ちいつでも襲える状態になった。そして坂田の手にはスタンガンが握られた。そして坂田は大きく叫んだ。
「いくぞぉ!」

シエルとキミスは空き地に入り、地面を調べていた。
『ダダダダダッ!』
後ろから速いペースで足音が迫ってくる。シエルとキミスはさっと振り向いた。その瞬間二人の間を鉄パイプが通った。
「ちぃ!はずした!」
シエルとキミスは即行その場から逃げた。しかしまだ5人ほど追ってくる。
「なんなんだよあいつらは!」
「分からない、とりあえず人気の多いところへ逃げた方がよさそうだ!」
しかしこの辺りは結構入り組んでいて奥のほうである。まだ5人追ってくる。足はこちらが速い。しかし地の利は向こう側にある。
「待てコラァ!」
勿論そのようなことを言われ待つわけが無い。二人は何とか路地を抜け街に出ると、向こうも追って来るのを止めた。
「なんだったんだろう、あいつらは。」
息を切らしながらキミスは言う。シエルはやや怯えた様子で自分で納得したように言った。
「あいつらが…、俺を殺す奴らなんだ…。」
キミスは何も言い返すことが出来なかった。そこで何とか口を開き提案をした。
「とりあえずタイムマシンに戻ろう。そして一回何をどう調べるか話し合おう。」

タイムマシンのところに戻ってきた二人はタイムマシンに乗り込もうとし、それに近づいたその瞬間。
「待ちなよお二人さん。」
「!!?」
そこにはさっきの奴らがいた。どうやってここを探し当てたのか。それだけではない。他にも人がいる。ざっと見て30人くらいの人間が二人を取り囲んでいる。そいつらはじりじりと円を狭めてきている。生憎(あいにく)衝動的に未来を出てきたため、防護道具の類は一切持ってきていない。
「くくく、何でかねぇ。この機械幾ら叩いても壊れねぇ。」
右手に傷を持ち、サングラスの男が喋った。この男は不気味な感が漂っていた。シエルとキミスはそちらに集中していた。
『ガツン!』
『バシィ!』
突然後ろから二人は襲われた。二人とも一瞬で目の前が真っ暗になった。
「ばーか。目の前だけ見てるからだよ。」
二人はこの言葉を聞くと最後に意識を失った。

-自らを滅ぼす-

「……。」
「!?」

廃ビルか。恐らくそうだろう。見る限り一階のロビーだったところだろう。元は入り口だったとこがぱっくりと大きな口を開けているかのように大きく、光が差し込んでいた。陽の色から見ると気を失ってからたいした時間は経っていないはずだ。
先に目が覚めたのはシエルだった。一瞬分からなかった。そして思い出した。この時間の住人に襲われたことを。
シエルは両手を背中で縛られ、足首もロープでしっかりと結ばれていた。ロビーの受付台にもたれかかり、倒れると起き上がれなさそうだ。シエルの左隣に同じく両手両足を縛られたキミスがいた。こちらはまだ気を失っていた。
〔おいキミス、起きろ、起きろ。〕
周りに人影は見当たらなかったが念のため小声でキミスを起こそうとした。
〔キミス、キミス!〕
キミスは起きる気配が無かった。しかし体は温かく息もしている。死んだわけではない。シエルはふとキミスの頭に視線をそらすとキミスの頭から大量の血が流れ出ていた。
「キミス!!」
シエルは思わず大声を上げてしまった。
「はっ!」
『………………。』
しかし建物内は静穏としている。シエルはほっと一息つくと冷静にキミスを見つめた。見る限り頭の怪我は重そうだ。
(俺が何とかしなきゃ!)
まずはロープを切る方法を考えた。持ち物は全て取られた。シエルは身の回りを探した。するとやはり廃墟、ガラスの破片が見つかった。
「これは確か…、”硝子(がらす)”だったかな。1000年も前だとこんなものしかないか。あまり使い勝手はよくないけどこれで切断しよう。」
シエルは手を切らないように気をつけながら、ようやく手に縛られていたロープを切断した。足に縛られていたロープを切断すると、キミスを縛っているロープも全て切断した。
(早く医者に見せなければ、もうここの時間でもいい!)
しかしキミスを運ぶことは出来なかった。もしキミスの体を不用意に動かしたら、怪我の具合を悪化させてしまうかもしれない。もしそうでなくともキミスを背負って外に出て先程の奴らに見つかった場合、逃げ切れる可能性は極めて低い。
(仕方ない、ここに医者を呼んでくるしか…。でもその間に襲われたら……。)
しかし迷っている暇など無かった。シエルは医者を呼びに行くことにした。
「キミス、待ってろよ。必ず医者を呼んでくるぜ。」
シエルは色々身体を傷めていたが、走って廃ビルを飛び出した。

結構走った。しかし狭く入り組んだ路地からなかなか出られない。走り続けて20分。ようやく大きな道路に出た。右手側の数百メートル先に病院が見えた。歩き始めた時だった。
《今日午後、暴力団組織が一組壊滅されました。》
(暴力団…?)
シエルはつい足が止まった。ニュースを流している街頭テレビに目を向けた。
《その暴力団組織の坂田組は、午後2時半ごろコンビニの駐車場で通行人に暴行を加えている所を、近くの住民が110番通報し取り押さえられました。》
その瞬間、テレビに坂田の名前と見覚えのある写真が映った。間違いなくシエルたちに怪我をさせた坂田だった。しかしシエルはここで疑問が浮かんだ。
(待てよ、坂田組が捕まった。ならば俺を殺すのは一体…。)
しかしシエルは思い出した。キミスの怪我の状況からここで油を売っている暇ではない。病院に駆け出した。

「早く、こっちです!」
シエルの見つけた病院は総合病院などではなく、小さな町医者だった。それでもいないよりはマシとばかりに、シエルは医者を呼んでキミスの元へ走っていった。再び路地に入った。やはり入り組んでいるため道を忘れていた。東奔西走しているうちに医者と離れ離れになってしまった。これはとても大変だ。シエルが路地を曲がるとそこにはSO-09182地点、例の事件現場だった。シエルがその横通ろうとした。
『トッ』
「死で償え。」
『ビシューン!』
「え!?」
『ズバァー!』

シエルの前に男がいきなり現れた。そして一言放つと持っていたレーザー銃でシエルの心臓を貫いた。一瞬の出来事で何も分からなかった。シエルはただ目の前の出来事を享受するしかなかった。全身から力が抜けていく。膝が地面についた。胸からは大量の出血。前の方に倒れた。身体が全く動かない、いや、動かす気力さえ起こらない。意識がだんだん遠のいていく。声が聞こえた。男の声だ。
「時間移動法第1条、過去操作での未来変異。第4条第2項、時空瞬間移動機無断使用。これは両方死刑だ。」
シエルはこの声の持ち主を知っていた。過去変動要因削除担当員の黒田義文(くろだよしふみ)だ。過去変動要因削除担当員は過去が変わる恐れのある異物をそこから削除するという仕事を受け持つ。
「金村シエルは兎も角、高峰キミスまで過去に来るとは思わなかった。根っからの正統派主義なあいつが。」
シエルは悔やんだ。キミスは大親友。シエルの無茶にも色々付き合ってくれた。おかげで一緒に会社での地位を1ランク下げられたこともあった。
〔そうか…俺はこれで死ぬんだ…。勘違いだったのか…。キミス…ごめ…。〕
シエルは涙を目に一杯溜めて声にならない言葉で言った。その瞬間、シエルの意識は無くなった。シエルは息を引き取った。
「…死んだか…。」
黒田はシエルの左腕に付けられているブレスレットを外した。
「高峰キミスのことだ。何か遺品でも見たいだろう。」
シエルから外したブレスレットをそっと上着のポケットに入れた。
黒田はシエルの背中の上に小型の機械を置いた。転送装置だ。シエルの身体は分子単位に分解されすぅっと消えていった。
「次は高峰キミスか。」

黒田はキミスのとらわれている廃ビルに来た。キミスは意識を取り戻していた。
「君は…黒田かい…?」
「ああそうだ。お前を削除しに来た。」
キミスはその言葉を聞くと見上げていた顔を下げた。
「シエルは…もういないのか?」
「ああ、さっき殺して転送してきた。」
キミスはそっと笑った。
「よかった。あいつらに殺されたんじゃないのか。あの言葉は幻聴じゃなかったんだ。」
あの言葉とは『「キミス、待ってろよ。必ず医者を呼んでくるぜ。」』の言葉のことだ。
黒田はポケットにそっと手を入れブレスレットを取り出しキミスに差し出した。
「金村シエルの遺品だ。」
キミスはそれを抱え込んだ。
「高峰キミス、いいか?」
キミスはその言葉の意味を理解し、ゆっくりとうなづいた。黒田はキミスの横に転送装置を置いた。キミスもシエルと同じように分子単位に分解され、消えていった。転送先は勿論3009年の世界。転送とはいっても一度は分子レベルに分解される為、死は免れない。
転送を終えた黒田は廃ビルを出ると空を仰いで言った。
「シエル、キミス。俺だって・・殺しはしたくなかったんだぜ…。」
少し間を置いたあとこうも言った。
「俺はお前らが羨ましかった。友がいて。俺はお前らの友になりたかったのに…。」
こうつぶやくと黒田はシエルたちの乗ってきたタイムマシンに乗り込むと3009年へと帰っていった。

基本的に過去変動要因削除担当員は外界とは隔離される。なぜかというと、変動要因が人間の場合、外界と関係を持っていて自分と関係のある人物だったら私情にとらわれ罰を与えないということが考えられるからだ。その為黒田は一人隔離されていた部屋で過ごしていた。唯一接触できるのは、時空瞬間移動機製造局の幹部、同じ過去変動要因削除担当員の人間だけだった。しかしその黒田にこっそり訪ねに来ていたのが幼馴染のシエルとキミスの二人だったのだ。

黒田はタイムマシンの中で連絡機を繋いだ。
「市菱課統長、二人の処分終了いたしました。只今3009年へ帰還中です。」
《よしご苦労。そのまま帰還せよ。》
「了解。」
黒田を乗せたタイムマシンは3009年の世界へと戻っていった。

「よし、時空警護課に告ぐ。過去変動要因は消えた。時空間結合解除装置の稼動を停止せよ。」
市菱課統長のこの合図と共に時空間結合が再び始まった。その頃黒田が戻ってきた。しかしそのまま誰にも接することなく、隔離室に入った。黒田の他にも6名の過去変動要因削除担当員いるが皆も同じ担当員同士しか接触していない。

「これで平和が戻った。」
市菱課統長はこうつぶやいた。

シエルが息を引き取った現場はいたって穏やかだった。そこに紛れて明らかに不自然に一枚の写真が落ちていた。左腕にブレスレットをはめた白骨死体の写真が。シエルはここで殺された。しかし未来に転送されている。よってここで埋められたわけでもないので、この白骨写真は事実無根になる。過去の出来事が変われば、未来でもこの写真の存在は無くなる。この写真から白骨死体は消えるはずである。
しかし写真から白骨は消えなかった。ブレスレットも残っていたまま。それもそのはず、過去を変えてはいけないのなら黒田がここに削除しに来ることは出来ない。
シエルはここで殺されたことは間違ってなかった。だが、それは自分でまいた種によって起こった悲劇だった。

この白骨死体はのちに、旧東京都に住んでいた当時48歳の男性とわかった。左腕に付けていたブレスレットは当時その男性がヨーロッパに訪れた際に買った物だった。実は2700年頃、21世紀の文明を記録したROMにこのブレスレットの事が記録されていたのを、当時の製作者が真似て作ったものであったのだ。それが300年間ヒットし、シエルもそれを購入した。
シエルがその史実を知っていればこの悲劇は無かったのかもしれない。

しかしそれはもう過去のこと。全ては過ぎ去った出来事。過去に戻って作り直すことはしてはならない。

【時間移動法第2条第1項、過去操作による死者蘇生。過去に戻り、死者を蘇生させた場合、死者は再び死に、蘇生させた者は死刑にし、宇宙史上から抹殺する。】
何ものも時間には逆らうべからず…。

~終わり~

注:この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、一切関係ありません。